文学の鉄道描写

小説や随筆を読んでいると、時たま鉄道風景の描写にめぐり合うことがあります。
私はこれまで読んだなかで次の2つの文章が印象深く残っています。

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1.戸川幸夫動物文学(一)爪王(ツメオウ)  [新潮文庫]

  三月・・・。
  山は今日も吹雪いている。
  新庄駅を発した急行列車が雪に埋まった早朝の奥羽本線をよろばいながら
  雄勝峠を越えて秋田県に辷り込んでいく。
  喘ぎ喘ぎの苦しそうな響きが雪山の襞々に吸い込まれてしまう、山は再び
  静かな眠りに陥る。
  
  
2.もめん随筆  森田たま著  [新潮文庫]

  いま神戸を出てきたばかりの”つばめ”は、その響の明朗なる如くその姿も
  颯爽として初陣の若武者といった感じがし、後尾の展望車が通りすぎた後は
  毎日の事ながら一抹の郷愁を自分の胸へ落す。

  つばめの響きは近くで聞くとどの列車にもまさって強烈な物凄い地響きであ
  るそうだが、このあたりで聞くとまるで車輪が線路の上をとんでいるかと
  思う程、ごく軽いタッチで からからからからと、五月の空によくまわる
  矢車のように聞こえてくる。
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前者では8620形蒸気機関車の牽く木造客車の煙の匂い漂うニス色の車内から雪景
色がゆっくり去っていく様子が、
後者ではC53形蒸気機関車が直径1750mmもの大車輪のスポークが矢車のように回り
三気筒エンジンの響きが夙川の桜堤を一瞬にして走り去る姿が瞼に浮かぶ私の
大好きな表現です。

                          H21.10.25

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三太郎の日記 (阿部次郎 著  角川選書)を読みました

私の青春時代、当時通っていた会社の工場長から「若い頃には[三太郎の日記]
などを読んでおくと良いだろう」という話を聞きました。
なんだかマンガのような題名で気楽に読める内容のようだ、と軽く考え その
本を買ってみました。

手に取った分厚い本の中には細かな字がぎっしり詰まっていて、最初の方に
「余は独自の思想を有することを標榜して憚らず、人生の大道を行く」とあり
ます。

これは難しい本に手を染めたものだ、と思いましたが我慢して1ヶ月余りかけて
読み通しました。
読み進むうちに印象に残る文章が幾つもありノートに書き写しておきました。
長年のサラリーマン生活を終えた今、ノートを振り返ってみると、ほんとうに
そうだったと感じる言葉が数々残っています。
二、三振り返ってみると

①弱い者は、自らを強くするの努力によって、最初から強い者よりも更に深く
 人生を経験することができるはずである。
 弱者の戒むべきは、その弱さに耽溺することである。
 自らを強くするの要求を伴うかぎり、われらは決して自己の弱さを悲観する
 必要を見ない。

②何を与えるかは神様の問題である。
 与えられるものをいかに発見し、いかに実現すべきかは人間の問題である。

③我らが師について学ぶことを要する第一義は行住坐臥に師の言葉を暗証する
 ことではなくて、何よりもまず師と同一の勇気をもって人生に衝きあたるこ
 とでなければならない。

これらの言葉はノートに記録しただけで直ぐに忘れてしまいましたが、それでも
頭の隅に残っていて今の自分に繋がっているのではないかと思います。
時々振り返っては若い日の考え方の未熟さを反省しています。

                        H21.8.16

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田辺聖子 新源氏物語

田辺聖子 新源氏物語 を読みました。

物心もつかぬまに、母と死に別れた薄幸な生まれの光源氏は学問にも芸術にも優れ
輝く美貌の持ち主でありました。

多くの女性と関係をもったが、なかでも継母の藤壺の宮との間に子供を宿し、
父に悟られぬまま、生まれた子供がやがて冷泉帝となり、自分がその臣下として
仕えることになります・・・・・

年移り
自分の養っている女三の宮が柏木の衛門督(エモンノスケ)の子供を宿した事に気づいた時
の光源氏のことば
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「私は衛門督に見かえられたか。この私が」

 あれ風情の男に、宮は心を寄せられるのだろうか。
 源氏は心外でもあり、不快でもある。だが、それを。顔色に出すこともできない
 で、おのずと、暗く重い憂いの影が、面を隈どってゆく。
 苦しみながら、源氏はある夜、愕然と悟って、はね起きた。
「故・父院は、もしや、いまの自分の苦しみのように、私と藤壷の宮のことを
 ご存じでいて、知らぬふりをなさっていられたのではないか」と思ったのであった。

 今にして思えば、あの頃の狂おしい邪恋は、何というおそろしい罪、あるまじき
 過ちであったことか。

 衛門督を弾劾し責めるべき資格が、自分にはあるのだろうか。身のほどを弁えぬ
 大それた恋の冒険、大胆放埓の、不祥事の、と青年を指さして非難することがで
 きようか。

 恋の山路によろめきつつふみまよう、人間の心の弱さ、おろかしさ、を高飛車に
 裁くことができようか。

 さらに、すべてを知りながら、じっと耐えて、終生、やさしくいたわって下さった
 故・父院の苦悩と煩悶を、自分は何十年、気づかなかった。いま、自分がその
 場に立たされて、あからさまに難詰することができるかどうか・・・。
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光源氏は四十歳を過ぎて亡くなり、宇治十帖では柏木の衛門督の子供 薫の君と
ライバルの匂の宮の女性を巡る恋物語が展開していきますが、現代社会では連日
週刊誌を賑わすようなゴシップと取られそうです。

原文ではとても手が出せない源氏物語ですが田辺聖子さんの訳では分かり易く
ある場面では
[近江の君]という少々器量の落ちる姫君に
「また、あんたは水をさすようなことばっかりいう。失礼やないの。うちはもう、
 あんたとは身分が違うのやよって、友達みたいな口の利き方はせんといてほし
 いわ・・・」と大阪弁で喋らせたり
玉蔓の君に求愛する無骨な武官の鬚黒(ヒゲグロ)の大将が憔悴するさまをユーモラス
に描いたりして面白く読めました。

また、
几帳面という言葉が姫君の座側などに衝立のように立てる几帳(きちょう)を支
える柱のカドを撫角(ナデガク)に削り、その両側に段をつけたもの から由来する
事。
皇族の結婚の際に聞いた事のある「三日夜の餅」が新婚三日目の夜に、新郎新婦
が、紅白の餅をたべるのが、めでたい習わし。 なども初めて知りました。

                         H21.3.6

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水煮三国志

水煮三国志(成君憶(チェン・ジュンイ)著、 呉常春(ウ・チャンチュン)・泉 京鹿 訳
日本能率協会マネジメントセンター 刊)を読みました。

企業経営の要諦を架空会社の電器製品市場シェア争奪戦と企業盛衰の様子を通
して記されています。

これだけなら普通の経営参考書ですが、この本ではそのストーリーと道具建てを
中国の三国時代、曹操の魏、孫権の呉、劉備の蜀の覇権争いをトレースする形で
展開して行きます。

劉備 関羽 張飛の桃園での義兄弟の契り、諸葛孔明を迎える三顧の礼、孫権と 
劉備の連合軍が曹操を破った赤壁の戦いなど現代風に置き換えているので物語と
して面白く読めました。

そして、こんな言葉が心に残りました
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磁石は、私たちの興味だ。キミたちが興味という磁石でこの中にあるものを探せ
ば、磁石が鉄くずを吸い付けるように、自分に役立つ知識を吸い寄せることがで
きる。だが興味を持たずに漫然と箱の中を探していたのでは、わずかな鉄くずさ
えつかみ出すことはできない。興味があれば、キミたちのいまの過ごしている生
活の中からいくらでも発見があり、喜びを見出すことができる。
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その他に古典的名言として
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思想という種を蒔き、行動を刈る。行動という種を蒔き、習慣を刈る。
習慣という種を蒔き、性格を刈る。性格という種を蒔き、それがやがては運命を
収穫することになる。 
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がありました、これはどこかで読んだことがあると思ったら
[野村ノート](野村和也 著)に同じようなことが書かれているのを思い出しまし
た。

本のタイトルの水煮とは中国四川料理の人気ピリカラメニュー「水煮魚片」から
名づけられたとの事で、どんなものか一度食べてみたいものです。

                                     H20.12.6

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99才まで生きたあかんぼう

[99才まで生きたあかんぼう] (辻 仁成 著、 集英社 刊)を読みました

料理作りを天職とした男の一生を誕生から99さいの生涯を終えるまで、神の眼を
通して一年毎に語る形で紹介されています。

・あかんぼうは前途の苦労を察しているのか泣いて生まれてくる、それを取り巻く
 人達はみんな笑顔
・主人公は99さいで微笑みを残して逝ったのに、それを取り巻く人達はみんな
 泣き顔

「人生とはまことに不思議でおもしろいもの」と書いてありました、希望、迷い、
挫折、成功など経験が薄紙のように積み重なって、やがて電話帳のような、その人
の人生が出来上がるものだと感じました。

その中で特に印象に残っている文章は
17さいの努力の態度、53さいの助ける事と気づかせる事のちがい、
98さいの人生は思い出作り、でした

[文章の紹介]
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・17さい
 お前は誰よりも早く仕事場に顔を出し、誰よりも遅く仕事をした。
 みんなが帰った後、お前はちょっと長く努力をした。
 ちょっと長く、というのがミソだ、とお前は気がついた。
 驚くべき成長じゃないか。そのとおり人よりもちょっと努力する、だけでいい。 

・53さい
 助けることは簡単だが、気がつくことが大事なのだ。
 でなければ、同じことを繰り返すだろう。
 見守るということは、今のお前にとても大事なことだろう。
 53さいのあかんぼうはじっと息子を見守っている。
 生きる力を他人が貸すことはできない。

・98さい
 人間にとっての一番の財産とはなんだろうね、そう、それは思い出なのである。
 だからこそ、みんな必死で頑張っている。思い出を作っているんだ。
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                            H20.8.23

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チャップリン自伝(中野好夫 訳  新潮社 刊)

チャップリンと言えば山高帽、チョビひげ、ステッキのトレードマークが直ぐに思
い浮かびますが、このメーキャップがうまれた時の描写を興味深く読みました。

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「なんかここでギャグの欲しいところだな」とセネットさん(キーストン社の幹部
 監督)は言った。そして私の方をふり向くと、「おい、なんでもいいから、なに
 か喜劇の扮装をしてこい」  
 といって、とっさにそんな扮装など思いつくわけもなかった。

 しかし、衣装部屋へ行く途中、私はふとダブダブのズボン、大きなドタ靴、それ
 にステッキと山高帽という組合せを思いついた。

 ダブダブのズボンにきつすぎるほどの上着、小さな帽子に大きすぎる靴という、
 とにかくすべてにチグハグな対照というのが狙いたった。

 年恰好のほうは若くつくるか年寄りにするか、そこまではまだよく分からなかった
 が、これもとっさに、とりあえず小さな口ひげをつけることにした。こうすれば
 無理に表情を隠す世話もなく、老けて見えるにちがいない、と考えたからである。
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メーキャップにとりかかると次第に扮装する人物の性格が思い浮かび、[やる事は
精々モク拾いか子供のあめ玉をちょろまかす事しかできない浮浪者でも心意気は
紳士、詩人、夢想家の心をもった人物]に成りきってしまう。

そして役作りで一番大事なのは扮する人物の姿勢、それを見つけ出すのが苦心のし
どころで[真剣に行動してるつもりでドジを踏む]人物の可笑しさの中に潜む悲しさ
を行動で示すことで大爆笑を誘う演技がうまれた、と書かれてました。

役者として主人公を演ずるうえで、性格と姿勢がポイントだと記されていますが、
姿勢を[日頃の行動]と解釈すると、性格と日頃の行動、これは人を判断する時の
要素と同じだ と思いました。


                           H20.2.28

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[生物と無生物のあいだ] (福岡伸一 著)

数週間前に早朝のラジオ番組「竹村健一のズバリ対談」でホスト竹村健一さんと
ゲスト福岡伸一さんの対談で次のような話がありました。
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久しぶりに知人と話しをするとき
「お変わりありませんね」と挨拶するが、半年、1年ほど会わずにいれば、分子
レベル」では我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりで、かって
あなたの一部であった原子や、分子はもうすでにあなたの内部には存在しない。
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この話に興味を抱き早速、福岡伸一さん著作[生物と無生物のあいだ](講談社刊)
を読みました。

この本を読んで今まで私が知らなかった遺伝子DNAの構造と巧妙な複製システム
について解説されていて、初めて納得できました。
そして野口英世をはじめとする近年の研究者の歴史を経た評価についても冷静に記
されているのも興味深いところです。

最後の方にこんな記述がありました
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生命とは、テレビのような機械(メカニズム)ではない。
・・・・・・・・・・
私たちの生命は、受精卵が成立したその瞬間から行進が開始される。それは時間軸
に沿って流れる、後戻りのできない一方向のプロセスである。
___________________________________

機械であれば壊れたら部品を取り替えれば修復することができるが、生命はある
タイミングの時に所要の条件を満たしておかないと、それを逸した後にいくら条件
を整えても本来の機能を回復することが出来ないとのこと。

これはビジネスの契約などでも一瞬のタイミングを逸すると後でいくら頑張っても
元に戻らないとか、社会における一事不再理(いちじふさいり)と言った事柄に
通じ面白く感じました。

この本は新書版と言う体裁であり内容も最初は分かり易いのですが後半は難しくな
ります、しかし著者の身辺を綴った文章の上手さでそれを苦にせず読み進めること
が出来ました。

                          H20.2.6

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梟(フクロウ)の城

梟の城(司馬遼太郎全集1 文藝春秋 刊)を読みました。

本能寺の変の一年前、天正九年 天下布武を目指し京に上る織田信長が障害となる
伊賀郷士に壊滅的打撃を与えた。

恨みを抱いた伊賀郷士の生き残り下柘植(シモツゲ)次郎左衛門は十年の雌伏を経て嘗
ての弟子葛籠(ツヅラ)重蔵に信長の後継者、秀吉の誅殺を命ずる。

葛籠重蔵は密かに秀吉に恨みを抱く堺の豪商今井宗久に雇われ暗殺の機会を狙う。

下柘植次郎左衛門のもう一人の弟子風間五平は師を裏切り逐電し京都奉行前田玄以
の下で乱波(ラッパ)として秀吉暗殺者を捕らえる手柄を狙うようになる。
しかし前田玄以は五平を使えるだけ使って用が済めば息を止めるだけの男と考えて
いた。

入念な準備のあと重蔵は伏見城に忍び込み 秀吉の枕元に立つが、老いさらばえた
秀吉の首に刃を当てるのは忍び得ず憐憫の情を抱き命を取る事はせず、そのまま城
から脱出した。

一方、重蔵を捕らえるべく城へ忍び込んだ風間五平はひょんなことから警備役人に
捕らわれ、秀吉の首実験で こ奴が寝床に忍び込んだ犯人だとして捕らえられる。

五平は城に忍び込む直前、土地の馬方と諍いを起こした時、仲裁の侍に自分は石川
五右衛門であると偽名を使ったばかりに京を荒らす盗人の罪を全部被され大盗賊、
石川五右衛門として三条河原で釜茹での刑に処された。

最初の混沌とした出だしから始まり、最後に以外な結末となるストーリーは、歴史
上の虚実を取りまぜ興味深く読みました。

その中で印象に残った文章は
前田玄以が本能寺の変の際、五十貫文の約束で命を救ってくれた甲賀者摩利洞玄に
斜きかけた豊臣方から逃げ支度を企んでいる諸大名の動向を探らせるために呼び寄
せたときの描写です。
悪人は悪人との間でも誠意を通わせることで人を動かしていく事が分かりました。
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 日が経つにつれて、玄以は自分の生涯の急場を救ってくれた男を懐かしむように
 なった。
 五十貫文は、その後、毎年秋になって知行地の取り入れが済むと、他の費えをさ
 しおいても送った。
 俸禄の少ない頃はずいぶんと気骨の折れる額だったが、ただの一度も欠かすこと
 がなかったのは、玄以がそれだけ悪人であったからである。
 
 玄以の人柄は、決して善良とはいえない。そのことは己れも知っている。
 むしろ自負している。しかし真正の悪人は、いかなる善人よりも義理がたく、時
 あっては異常な誠実さをもつものだ。
 
 あのとき摩利洞玄の口約束の相手がなまなか善人であったら、だだの数回の送金
 で約束は反故になってしまっただろう。
 玄以は執念とも思えるような誠実さで、五十貫文を送り続けた。
 摩利洞玄もそのつど、いちども請取状も渡されず礼状も送らず、ただ黙々とこ
 の金を受取りつづけた。

 そういう習慣の中から、自然、他日もう一度玄以が洞玄を必要とするときがくれ
 ば、身命を賭しても起つという、ふたりだけの阿吽で交わした黙契のようなもの
 が出来上がったのである。
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                          H20.1.1

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孤愁の岸

孤愁の岸(杉本苑子全集1 中央公論社 刊)を読みました。

今から250年ほど前の宝暦年間、濃尾平野を南北に流れる木曽川、長良川、伊尾
(揖斐)川に囲まれた輪中地帯は絶えず水害を蒙っていた。

東から西に傾斜している土地を三本の川が接近して流れ、長良川は木曽川と合流し更
に下流で伊尾川とも合流しているのが水害の元凶であった。

徳川幕府は莫大な費用を要する この三川分離の改修工事を薩摩藩に命じた、これに
は外様である薩摩藩の経済力を疲弊させる目的もあった。

薩摩藩ではあまりに過酷な命令に、反抗の一戦を交えるか、甘んじてこれを受入れる
か藩主、重臣が悩みに悩んだ末これを受諾することに決した。

その時の家老平田靭負(ゆきえ)の言葉
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台命受諾が決定した瞬間、濃尾へ派遣される総奉行役が、勝手方家老である自分に
廻ってくることを、当然のなりゆきとして早くも平田靭負は覚悟してしまった。

自分を含めて、島津藩上下、薩摩の国人すべてが否応なく体験させられるであろう
苦しみの、ひとつひとつの性格は、今、平田にもわからない。

ただ、商量できないほど巨大ななにかがこれから始まる・・・同時に、自分自身の
すべては、今日で終わってしまったのだという動かしがたい実感はあった。
  (そうなのだ)
   心のうちで彼はうなずいた。
  (私の生涯は終わってしまったのだ。今夜をかぎりに・・・)
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当初幕府から必要として示された費用は十五万両だが、実際の予想六十万両を偽って
示されたものであった。
大阪の商人に薩摩砂糖取引の利権を与える闇約束などで借金を重ねつつ、発注金額
削減のため幕府指定で能率の悪い村請けを競争入札で町請けに変更するなど費用を
四十万両に抑え、厳しい気候のもとで難工事を重ね、多くの病死人、自殺者を出し
ながらも1年半かかってこれを成し遂げた。


分離堤の完成を見届けた平田靭負は国許、江戸への報告書を作成し終えてから工事
中に没した仲間への責任を取り、闇約束はあくまでも平田個人の責任として引っ被り
「住みなれし里もいまさら名残にて 立ちぞわづらふ美濃の大牧」の句を残して冥土
へ旅立った。


東海道新幹線の車窓から岐阜羽島を挟んで通過する木曽川、長良川、揖斐川の長閑
な風景を見ますが、このような苦難の歴史が刻まれているのを知りこの地が強く印象
に残りました。
機会があれば長良川、木曽川、揖斐川を分離している油島千間堤を歩いてみたいと思
います。

                         H19.12.12

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モンテ・クリスト伯

モンテ・クリスト伯(アレクサンドル・デュマ作 山内義雄 訳)全7巻を読みました

1.貿易会社モレル商会の若き一等航海士エドモン・ダンテスは許嫁メルセデスと
  の結婚の直前、前途を嘱望されていた彼に嫉妬を抱くダングラール、フェルナン、
  カドルッスによって検察に無実の罪を密告される。
  それを受付けた検事ヴィルフォールは無実を知りながら己の保身のためダンテス
  を終身禁錮の刑を課しシャトー・ディフの監獄に送り込んでしまう。

  ダンテスは閉じ込められたシャトー・ディフの地下牢で隣の部屋から聞こえる
  微かな物音に気づきなんとか壁を破ってその部屋の主に会いたいと願望するよ
  うになる。
  その時に掘り進むための道具にする鉄の柄をを手に入れた時の彼の言葉
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朝食はパンがたった一片。獄丁は入ってきて、パンをテーブルの上にのせた。
  「どうした!他の皿を持ってこなかったのか?」とダンテスは尋ねた。
  「いや」と、獄丁は応えた。「お前はなんでもこわしてのける。水差をこわす。
  わしが皿をこわしたのもお前のせいだ。囚人の誰も彼もが、みんなお前のような
  ぶちこわしをやったとしたら、おかみだってやりきれまい。お前には鍋を置いて
  いく。そのなかにお前のスープを入れることにする。こうしたらこのさき世帯道
  具をこわすまい。」」
  ダンテスは、思わず天を振り仰いだ。そして、夜具の下で両手を合わせた。
  鉄の柄が自分の手に残されたこと、それは彼に、天に対する深い感謝の気持ちを
  起こさせないではいなかった、これまでの生涯を振り返ってみたかぎりにおいて、
  いかに嬉しいことがおとずれたときでも、これほど嬉しかったことはついぞなか
  った。
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2.獄中で隣室のファリア司祭と邂逅し、あらゆる学問を授かり地中海の孤島にあ
  る財宝の在りかを教えられ、そして司祭の死にと引き換えに自由を得娑婆に生
  還した。
  ダンテスはモンテ・クリスト伯爵(キリストの山)と名を変え周到な準備で復讐
  にかかる。
  カドルッスは悪党仲間に殺され、フェルナンは昔の裏切り行為を告発され自殺、
  ヴィルフォールは父、母、妻、娘、息子が次々に死んでしまう不幸に見舞われる。
  ヴィルフォールに正体を現したダンテス(モンテ・クリスト伯)の言葉、
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  「この私が、君にいったいなにをしたというのだ?」とヴィルフォールは叫んだ。
  「あなたは、わたしに、緩慢な、きわめて非道な死刑宣告をおくだしだった。
   あなたは、わたしの父をお殺しだった。あなたは、わたしの自由とともにわ
   たしの愛をもおうばいだった。そして、愛とともに幸福までも!」
  「そういう君は誰だ? いったい誰なのだ?」
  「このわたしは、あなたが、シャトー・ディフの土牢に埋めた不幸な男の亡霊
   なのだ。その亡霊はついに牢から出ることができ、神はその亡霊にモンテ・
   クリスト伯の仮面をかぶらせたもうた。」
  「おお、わかった、わかった!」と検事総長が叫んだ。「そういう君は・・・」
  「そうだ、エドモン・ダンテスだ!」
  「エドモン・ダンテスだ!」と、検事総長は、伯爵の手首をつかみながら叫んだ。
  「そうか。それならこっちへ来てもらおう!」
  「これを見ろ、エドモン・ダンテス」と。彼は、伯爵に、妻と子供の死体をしめ
   しながらいった。「さあ、見てもらおう。これで胸がおさまったか?・・・」
  その恐ろしい光景を目にして、モンテクリスト伯は、さっと顔色を変えた。そし
  て、自分として、復讐の権利をはるかに踏み越えてしまったこと、自分として
  もはや、「神われにくみしたまい、神われとともにいます。」ということのでき
  なくなったことをさとった。」
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3.エドモンダンテスは数十年振で今は空き監獄となったシャトー・ディフを訪れ、
  ファリア司祭が息を引取ったベッドに向かい感謝の言葉を捧げ自分の心に残る
  疑惑を晴らすための言葉を求める。
  そして門衛から司祭の著述を書き残した布の巻物を示される。
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  それこそは、イタリーの王家に関するファリア司祭の畢生の大著にほかならな
  かった。
  伯爵は、いきおいこんでそれをつかんだ。そして、まず題辞に目をそそぎ、それ
  を一気に読みくだした。
  <主曰く、汝は竜の牙をも引き抜くべく、足下に獅子を踏みにじるべし。>

  「そうだ!」と、彼は叫んだ。「これがご返事というわけなのだ! 父よ!
   感謝します! 感謝します!」
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4.ダングラールへの復讐は彼を破産させたうえで、飢えの苦しみを味あわせるが
  最後は僅かばかりの金を与え放免する。
  ダングラールの頭髪は苦しみのため真っ白になっていた。

5.エドモンダンテスは最後に婚約者を失ったマクシミリヤン(昔世話になった
  モレル氏の息子)に希望と財産を与え静かに去って行く
____________________________________
  親愛なるマクシミリヤンさん
  わたしのあなたへの行動の真諦をお知らせしましょう。
  それは、この世には、幸福もあり不幸もあり、ただ在るものは、一つの状態と
  他の状態の比較にすぎないということなのです。
  きわめて大きな不幸を経験したもののみ、きわめて大きな幸福を感じることが
  できるのです。
  マクシミリヤンさん、生きることのいかに楽しいかを知るためには、一度死を
  思ってみることが必要です。では、なつかしいお二方、どうか幸福にお暮しく
  ださい。
  そして、主が、人間に将来のことまでわかるようにさせてくださるであろうその
  日まで、人間の叡智はすべて次の言葉に尽きることをお忘れにならずに。

  待て、しかして希望せよ!

                     あなたの友なる
                       エドモン・ダンテス
                        モンテ・クリスト伯爵
____________________________________


この小説は私が小学生高学年の頃、親父が買ってくれた講談社世界少年少女文庫の
「岩窟王」で一度読んだことがあります。

その時はダンテスの無実の罪に服する苦しみと、復讐心、そして次々を恨みを晴らし
モレル氏の恩に報いた事が印象に残りました。

今回全編読み通すと復讐の後半になってダンテスの心に「無実の罪の恨みを晴らす
ためとは言え、こんな酷い事をして本当に良いのか?」という気持ちが生じが復讐心
と葛藤し、ビルフォールの気狂うのを見た後、最後の報復の相手ダングラールには
命を奪うこと止めた描写が印象に残りました。

                            H19.10.11

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レ・ミゼラブル

レ・ミゼラブル(ユーゴー作 佐藤 朔 訳)を読みました。

①19年間の徒刑場生活を終え娑婆に出たジャン・ヴァルジャンは一夜の宿の世話に
 なったミリエル司教の家で銀のスプーンを盗み再び捕まります、その時に司教は罪
 を問わず銀の燭台を差し出す有名なくだりの後、

 ジャン・ヴァルジャンの心が司教の善意に打ちのめされかけている時に、彼の邪念
 の最後の「慣性」が街で出会った見知らぬ子供からから金を盗んでしまいます、
 それに続く描写がジャンバルジャンの心の中で善が邪を克服したシーンとして描か
 れ印象的です。
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「俺はみじめな男だ!」
  そのとき、心が裂けて、彼は泣き出した。十九年来、彼が泣くのは、これが初め
  てだった。
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②ファンチーヌの遺児コゼットをテナルディエから取り戻し手許で育てるようになっ
 たジャン・ヴァルジャンの幸せな生活に執拗につきまとうジャベール警部。
 あるとき市民革命軍に囚われの身となったジャベール警部をジャン・ヴァルジャン
 が自分の本名、住所を明かしたうえで縄を解いて解放します。
 ジャベールは狩の対象としていた獲物から突然命を救われ茫然自失、今まで信じて
 いたことが根底から崩れ去り心の整理がつかないままセーヌ川に飛び込んでしまい
 ます。
____________________________________
ジャン・ヴァルジャンこそ、ジャベールの精神にのしかかる重荷だった。
ジャン・ヴァルジャンは彼を面食らわせた。一生の支えであった公理が、この男の前
ではすべて崩れ去った。
彼ジャベールにたいするジャン・ヴァルジャンの寛大さが、彼を圧倒した。
____________________________________

③ミリエル司教のあの許しはジャン・ヴァルジャンの心にとって最大の衝撃であり、
 そしてその衝撃によって寛容な精神を得たジャンバルジャンの許しはジャベールの
 心にとって最大の衝撃となったことが感銘深く残りました。


                            H19.7.29


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[おせい&カモカの昭和愛惜]

[おせい&カモカの昭和愛惜] (田辺聖子 著 文藝春秋 刊)を読みました。

田辺聖子さんの著作は家内が大の愛読者で「気分が落ち込んだ時に読むとほっとした
気持ちになる」とよく言います。

私も随筆を数冊読みましたが、子供の頃経験した、会うとほっとする大阪の親戚の
おばちゃんが語っているような雰囲気です。

「言っていることは確かに正しいけれど、それをストレートに相手に伝える事で相手
 のやる気をなくしたり、協力しようとする気を殺いだりする」 といった事を日常
 よく経験します。

そんな時、今回読んだ[おせい&カモカの昭和愛惜] で次のような文章がありました。
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[すべてこの世であらまほしいのは、<色をつける>ということ。
 人生のいろんな場で、いろんな人との対応に、色をつける、という心があれば、
  世の中はふんわかしたムードになるのではあるまいか。」

[私がまず考えるのは、<色をつける>というのは、杓子定規に、ものごとや人間
 を断罪し、裁定するのでなくて、その判断の基準が直線的でなく、放物線的であ
  らまほしいこと。]

[いろんな発想、いろんな好みがあり、いろんな人生、いろんな生き方もある。
  一気にきめつけてしまわないで、ゆっくりした放物線で、さまざまのことを、右
  を見、左を見て、想像しつつ、ゆるゆると結論を出したいものだ。
  更にいえば、想像力のゆたかなことが、オトナの資格でもあろう。寄り道、まわ
  り道をして、ものを考える、ということも、オトナの余裕あればこそ。]

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こういう心がけの人が多いとギクシャクした組織も滑らかに動きそうです。

昨年日本橋三越で田辺聖子展を見に行きましたが平日にも関らず大勢の人が来てい
て全国的なファンがいる事、と執筆の机には大事に使った小指の先ほどにチビた鉛筆
が4~5本置いてあるのが印象的でした。

                          H19.7.8

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三国志

三国志 [羅貫中 著 渡辺精一 訳(講談社 刊)]を読みました。

劉備玄徳、関羽、張飛の桃園の誓いから始まる(天の巻)では登場人物がやたらに多く
て少々戸惑いました。

しかし(地の巻)では、諸葛孔明を迎えた劉備玄徳の[蜀]、曹操の[魏]、孫権の[呉]の
三国が鼎立し覇権を争い、赤壁の戦いで俄然面白くなります。

そして(人の巻)では劉備玄徳、諸葛孔明を失った[蜀]が滅び、[呉]も滅び、[魏]も
最後には[晋]に取って代わられるところで終わっています。

クライマックスの赤壁の戦いの前に諸葛孔明が三日の内に十万本の矢を用意する場面
があります。
深い霧の中に偽装船を仕立てて敵の打ち出す矢を吸い取るようにして集めてしまう
くだりで、孔明がこんなことを言っているのが印象に残りました。

「将となって天文に通ぜず、地の利を知らず、陣法を知らず、陰陽の変化に明らか
 でなく、図面を描くこともできず、兵の形勢に無知な者は凡才です。」
「私は三日前に、きょう深い霧が発生することを見抜いていました。そこで、日限
 を三日と申し出たのです。周公瑾がわたしに十日間で矢を用意するように言い、
 工人には満足な作業をさせずに、この罪科をもって私を殺そうと考えていたこと
 は明白です。」
「私の命は天意によってしか動かせません。公瑾にわたしを殺すことなどできる
 はずはないのです。」


読んでいて今でもよく使われる次のような表現があり、その出自を知る事が出来た
のも興味深いことでした。

①燕雀安(イズク)んぞ鴻鵠(コウコク)の志を知らんや
②股肱(ココウ)の臣
③三顧の礼
④泣いて馬謖(バショク)を斬る
⑤死せる諸葛、生ける仲達を走らす


各章の終わりには「呉にでかけた孔明の活躍やいかに。次回をご期待下さい。」
などと親しく語るように締めくくられており、子供の時に見た紙芝居の口上が思い
出され楽しく読み進めました。

                        H19.6.2


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トーマス・マンの「魔の山」

トーマス・マンの「魔の山」(高橋 義孝訳)を読みました。

山間のサナトリウムで過ごす2人の青年ハンス・カストルプと
ヨーアヒム・ツイームセンの生活を通して人生のいろいろな事
について論じられています。

私は時間について次のようなことが書かれていたのが自分の
日頃感じている事と合って印象に残りました。

・退屈な時間を過ごしていると、その時はすごく長い時間に感じ
 ても大きな時間の流れの中ではかえって時間を短縮させ、無に
 等しいもののように消滅させてしまう。

・反対に生活の内容が豊富でおもしろいものだと、時間はあっと
 云う間に過ぎてしまうが、大きな時間の流れの中だとその歩み
 に幅、重さ、厚さ、を与えるから、経過することがおそい。

友情、恋愛、葛藤 と取り混ぜ後半部では幽霊まで出てきて、
決闘で締めくくり、最後にハンス・カストルプが「菩提樹」の歌
を口ずさみながら 弾丸飛び交う戦場を 泥だらけの重い靴を
引きずり前進を続けて行く 描写で終わっています。


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小説「徳川家康」

山岡荘八著 小説「徳川家康」全26巻を読み終えました。

苦難に満ちた家康の幼少時から大阪夏の陣を経て没するまでの
細かな歴史描写と共に、何気ない個人の言動が、実は回りの
人々にさりげなく観察されていて、それがその人に跳ね返って
来る事などが活写されている、味わい深い小説でした。

読み通して感じたのは、信長~秀吉~家康時代の武将の言動を
通して自分が今まで社会で経験してきた人間関係について疑問
に感じながら解くことの出来なかった事柄の答えの幾らかが得
られた、と言う事でした。

印象に残っている言葉の一つに[第14巻]で師父役の側近が君主
に述べたものがあります。

「相手に迂闊なことを命じても断じて聞き入れぬ男・・・と、
日頃から思わせておおきなされませ。さすれば相手も用心して、
無理な命令は下しませぬ。」

著者 あとがきに 「この小説は昭和25年3月から昭和42年陽春
まで18年の歳月(準備期間を入れると20年)をかけ平和の祈りを込
めて書き継いできたものである」 と記されています。それを僅か
10ヶ月足らずの間に玩味できたこと大変ありがたいことです。


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