[エンジニール] 池田 邦彦 著 を読んで

 日本の鉄道が国有化される前の明治三十年代の関西鉄道に配属されたのが
”早風”と言う蒸機機関車。 二輪の先台車の後に直径φ1575mmの大動輪が
二つ並び高速機らしい風貌の2シリンダー複式の新鋭機関車。

これなら名古屋~大阪間の走行時間が5時間を切る事ができ当時の官営鉄道
に勝てると汽車課長 島 安次郎は目論んだ。

しかし平坦地では高速が出せる”早風”だが発進時の機嫌が悪くギクシャク
した動きで機関士を悩ませ、乗客には不評であった。

 このジャジャ馬機関車をスムーズは発進させる腕を持つのが山陽鉄道から
やってきた雨宮哲人機関士。  と言うところから物語が始る。

 私が知っている蒸気機関車と言えば昭和生まれのC11からD52、精々
9600、8620 迄でそれ以前の物には殆ど馴染がなかったが、この本
では明治時代の個性ある機関車がペン画で動きだしそうな筆使いで紹介され
ており、良くできた模型機関車を見ているようで楽しく親しみを感じる。

最初 島を煙たがっていた雨宮は次第に打ち解け協力しながら鉄道技術発展
に力を尽くす。という通奏低音を基調に鉄道国有化直後までのエピソードが
つづられている。
蒸気機関車時代の碓氷峠アプト式、マレー式蒸機での箱根越え、全国一斉に
行った全車両への自動連結器取替え など当時の苦闘の跡を紹介しながら
レールゲージ広軌化の理想を追う姿を描いている。

そして雨宮に「機関車は発車する時より止める時の方が何倍か難しい」と言
わしめた複式蒸気機関車の発進時の問題の解説も分かり易い。
(動輪のクランクピンが3時か9時の位置にある時、高圧側のシリンダから
 いくら力を伝えても車輪は回らない、反対側の6時、12時の位置のクラ
 ンクピンには低圧側シリンダからの弱い力しか伝わらない)

”早風”の弟分として配属された”追風”は同タイプながら単式で使い易く、
短命だった兄貴よりずっと長く活躍した と言うのも興味深く
「機関車には人間と同じくドラマがある」 と語っている。

                      H30.7.27


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[家康 江戸を建てる] (門井 慶喜 著 祥伝社 刊)を読んで

 [家康 江戸を建てる]の第四話「石垣を積む」に江戸城の石垣普請の歴史に
ついて次のように記されている。

 天正十八年 秀吉より関八州に移封を命じられた家康がはじめて江戸に足を踏
み入れ、江戸城を見たとたん、まるで荒れ寺のようなお粗末さに驚く。
関ヶ原の戦いの三年後、征夷大将軍の宣下を受けた家康はまもなく江戸城の普請
に着手する。
城普請でもっとも手間と金がかかる石垣の総延長は内堀、外堀を合わせ約五里、
十万個をはるかに超える巨石を必要とした。
土佐藩山内家担当の北桔(ハネ)橋門の石垣の普請を任されたのが伊豆 堀川の石切
職人吾平。

困難を克服して完成したその石垣を吾平の目を通して描かれている。
________________________________

石積みが完了した。北桔橋門の左、Vの字の突出部。まるでヤスリで研いだよう
に吾平のほうへ尖った鼻先をつきつけている。その鼻筋は反りがある。最上部は
垂直に近く、最下部は水平に近く、その間が弓なりに曲線を描いている。
およそ石垣というものは上からの荷重に耐えられねばならず、特に角稜線はずっ
しりと櫓を乗せねばならない上、自然崩落のもっとも起きやすい位置にある。
弓なりの曲線にするほうが強度が確保できるのだ。
そこに使われる石は拍子木のような形をしているが、その巨大な拍子木石はまず
はVの字の右の稜線に沿って置かれ、その下の二番目は左の稜線にそって置か
れる。三番目は右、四番目は左。つまり石が互い違いに組み合わされつつ最底部
まで達しているのだ。
横から眺めると上から石の長辺、短辺、長辺、短辺・・・がかたち作る凹と凸の
字の繰り返しのような模様。歯車の歯ががっちり喰いこんでいるようにも見える
やもしれぬ。この算木積みこそが角稜線のもっとも自然崩落の起き易い部分の為
に最適化された力学上最強の建築法に他ならなかった。この石垣ならたとえ大雨
が三年降り続いたとしても、ビクともせぬ と吾平はそんなふうに確信した。
_______________________________
Img_3922s

この本を読んで現地を確かめたくなり、皇居平川橋から梅の開き始めた皇居東御
苑内を西に進み北桔橋門に出た。
門を出て目に入るのが水面から立ち上がる石垣の角稜線。
拍子木石が上から正面-側面-正面-側面-正面を見せ、武者返しの曲線を描き
ながら水面まで続いている。
拍子木石の後にぎっしり詰まった角石と相俟って緻密堅固な感じを受ける。
北桔橋の向う側にも水面を囲む石垣の低い角稜線があり同じように白い拍子木石
が嵌められているが、この北桔橋門のそれに比べると少々雑な感じを受けるのは
北桔橋側の石垣が完璧すぎるからだろうか。

                    H30.2.12

Img_3919s


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[とっさの詭弁術 増原良彦 著 KKベストセラーズ刊]を読みました

 H29.10.23付の日経新聞第一面に
[自公勝利 安倍政権継続へ 自民、単独で絶対安定多数]の見出しが躍っている、
選挙前の安倍内閣支持率は40%前後なのに自民党が圧勝したのは批判票が
分散したからだ、との解説だ。
マスコミの発表する[内閣支持率]と選挙の結果 の解説には[内閣支持率]と称す
る調査結果が本当に民意の反映しているのだろうか?、 そんな事を思いながら
三十数年前に読んだ
[とっさの詭弁術 増原 良彦 著 KKベストセラーズ刊]を読み返した。

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雹のために疵付いたリンゴ
 ・皆さん、リンゴにちょっとした疵があるのに目をとめて下さい。これは雹に
  打たれた疵跡です。ここ疵跡が、このリンゴが高地で生産されたことを証明
  しているのです。皆様もよくご存じのように、高地では急激に気温が低下し
  て雹が降るのですが、その代わりにリンゴの中身がしまって、素晴らしい風
  味のリンゴが採れるのです。
 ・この例では、疵という大きな弱点が、みごとに逆用されているのである。
  ふつうの論理だと、リンゴの疵はどうしようもない弱点である。だからこれ
  を弁解しなければならない。疵があったところで、ちっともリンゴの味には
  変わりがない。それに、その分だけ安くなっているから経済的でさえある。
  そういった論理でもって売ろうとするわけだ。
 ・この”とっさの詭弁”にも、やはり論理のごまかしがある。
  そうです。疵のない高地産のリンゴもあるのです。そして疵のない高地産の
  リンゴのほうが完全品で、疵のあるリンゴはやはり欠陥商品なのだ。買い手
  にそれを忘れさせたところに、これが”とっさの詭弁術”として成功する秘
  密があった。
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私の現役時代、職場には酒豪と言われる人たちが居た。前の晩遅くまで呑み歩
いても翌早朝には会社に来て何事もなかったように仕事をこなしている。
そんな酒呑みにたいする詭弁も面白い。
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二日酔いの自己弁護
  東京型:明日の仕事のために、今夜の酒を節制する。この自己制御のできる
      のがプロ。
  大阪型:今夜いくら飲もうが、明日の仕事はきちんとする。二日酔いを口実
      にサボろうとしないのがプロ。
  これをうまく使い分けると、”とっさの詭弁”の方程式になる。
 ・(東京型の叱り)「二日酔いするまで飲むな!」
  →「そんな事はない。なんぼ呑んでも二日酔いしても、ちゃんと仕事やりゃ
    ええんやろ」(大阪型の言い訳)
 ・(大阪型の叱り)「仕事はちゃんとやれ!」
  →「アホ言うな、二日酔いで仕事がで  きるか・・・。叱るんやったら、
    飲むなと言ってから叱ったらエエんや」(東京型の言い訳)
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今振り返ってみると私の周りで酒豪と言われた人達は停年前後で亡くなる人が
多いようで、酒呑みに関しては東京型の弁護が正しいように感じる。


普段の生活や仕事の面で何かミスして他人に迷惑をかける場合があるが、その
際の謝り方一つでトラブルになったり、丸く収まったりするのは日常よく経験する
事だ。謝らないで放って置くのは論外だが、下手な言い訳は逆効果、機転を利か
せた”とっさの詭弁”が紹介されている。
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現代の若者がいちばん下手なのが”とっさの詭弁”を使った謝罪であろう。  
若いビジネスマンは、謝罪ができずに、いわゆる口答えをしてしまう。
「そうはおっしゃいますがね、あんただって遅刻したではありませんか!?」と
これでは喧嘩である。どれだけ正しい反論をしても、自分が悪い事をしたときは、
それは「屁理屈」にしかならないのだ。

”とっさの詭弁”はユーモアである。ユーモアのある”とっさの詭弁”を使って謝罪
をすれば、相手もすんなりと許してくれるであろう。それが日本の特徴である。
誤った者を徹底的にいじめるといったようなことは、日本人にはできない。
さらに、”とっさの詭弁”で謝罪されると、叱った方も気が楽になる。ときに女性は、
叱られたときに黙ってメソメソするが、あれは困る。叱った人間は後味が悪いも
のである。
もちろん、若いビジネスマンだって同じだ。叱られて黙ってしまう人が多いが、  
黙っていられてはなんとなく気味が悪いものだ。自分の叱りを、相手が悪意に受
け取ったのではないかと、いらざる気苦労までしなければならない。
だから”と っさの詭弁”で謝罪してくれると、ほっとするのである。
________________________________

ずっと前に亡くなった森重久弥さんにこんなエピソードがある

ある時 森重久弥さんが目の不自由な子供達を慰問した
楽しいお喋りのあと、「七つの子」を歌った
「カラスなぜなくの・・・・・」
二番目の歌詞に移った
「山の古巣に行ってみてごらん」
ここで、歌をパタッと止めた
周りはドキッとした、 歌詞を忘れたのでは・・・・・
ひと呼吸おいて歌を続けた
「まあるい顔したいい子だよ」
もちろん正しくは「まあるい目をした」だ、目の不自由な子供の前で、だれが
「まるい目」と歌えるか。
一瞬、相手を思いやって歌詞を変えた、この優しさが森繁久弥さんの魅力
だろう

            ([ひと言のちがい] 金平敬之助著 PHP研究所刊)

比較にならぬものを比較するのが”とっさの詭弁術”、その根底に他人に対する
寛容の心がこもっているのがユーモアだ と言う著者の言葉を大切にしたい。

                       H29.10.27

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人間と労働の未来(中岡哲郎著 中公新書) を読んで

 今から約30年前に読んだ「人間と労働の未来(中岡哲郎著 中公新書)」
に以前の職人についてこんな記述があり、印象に残っている。
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1.大量生産の工場自動化ラインで失われた職人の世界
  その職人が荷物をまとめて立ち去ると、それとともに仕事の能力も立ち去
  ってしまうというのが、まさに職人の世界の本質であった。
  このような形で生産過程の能力が、うまい菓子を作る能力、立派なタンスを
  作る能力、良質の鉄を作る能力が、個人の帰属している労働の世界ではじ
  めて、仕事の腕をもつということが、彼がどのような状況にあっても生きて行
  ける条件を形づくるのである。
  つまり、そこには労働の能力を身につけるというよりは人間そして一人前に
  なるということと同義であった。

2.労働の中から奪われたもの
 ①自然が消えた。
  加工される材料の手ごたえ。反応する物質のにおい、音、色、振動。
  そうしたものが少しずつ労働の世界から消え、冷たく光る金属の装置がより
  多く労働の世界を占領し、対象と労働者の間を隔てるようになった。
  対象が消えるとともに労働の中から「意味」が消えていった。
  自分の行う一つの操作の「意味」を もっと直観的に伝えるものとしての
  「対象の中でおこる変化」が直接眼で見えなくなったのである。それは労働
  の中からの「対象化された労働」という実感の喪失であると同時に、労働が
  対象としての自然との関係であるとの実感の喪失でもある。労働は少なくと
  も自然について学ぶ場ではなくなった。
 ②人間と人間のつながりが消えた
  問屋の労働や職人の労働では、仕事をすることが、人間が移動するという事
  と強く結びついていた。移動しつつ結ばれる人と人の関係、人と人との交通
  が労働の不可分の要素であった。一時代前の庶民の感覚では、手に職をつ
  けることと社会人としての人と人のつきあいを身につけることとはほぼ同義で
  あった。
  そのような世界が解体したのはもちろん、古典的な工場でありふれた光景と
  して見られた何人かのチームが呼吸を合わせて一つの作業を遂行するとい
  うような協業も消えてゆきつつある。
 ③全体とのつながり
  自分の操作の意味を考える手がかりが眼に見えず、相互のつながりを考える
  必要もなく、ただ自分の目の前の装置と自分の関係だけを考えて、その持分
  をそれぞれがもっともうまくこなせば、全体はもっとも効率よく働くような
  システムの中にはめ込まれた人間にとって、全体は見えない得たいの知れな
  いものでしかない。
______________________________


今や、自動車工場から納豆の工場まで大量生産される製品の殆どが工場の自動
化ラインで流されている。
板金叩き出しの職人、旋盤の職人、フライス加工の職人は機械を操作する人とな
り自分の得意技を発揮することも吸収することも次第に難しくなってる。

私が今勤務している従業員30名程の町工場は時流に反し自ら[ローテク工場]を
標榜、単純構造製品(LED光源を内蔵した表示パネルなど)の量産と個別仕様
対応(見本市等の大規模展示小間用什器など)の一品生産を行っている。
主要な設備は 材料切断機、汎用フライス盤、穴明けプレスのみ。

量産品はパートの女性従業員が組立て、量が増えると事務所の社員が組立応援
に回る。
個別仕様の一品物は切断加工した人、設計した人が一緒になって組立てる。
おかげで過大な設備投資の負担からは免れている。

給料は大企業並みには行かないが
①加工される材料の手応え、音、色、振動はジカに感じ
②加工者と設計者が意見を交わし改善案を練り
③自分で作ったものが街で実際に使われているのを見てやりがいを感じている

世間にはこんな変わった工場もあるのが面白い。


本書の後の方で
______________________________

過去の百年間に熟練の解体の波をかぶったのが職人と熟練工とであったとす
れば、これからの百年に熟練の解体をもっとも大きくうけるのは管理的労働者、
中堅ホワイトカラー、医師、科学者、ジャーナリスト等々であることは間違い
ない。
______________________________

とも記されてあり、現在その通りの事が起こりつつあることを実感している。


H29.8.26

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曽呂利! 秀吉を手玉に取った男             [ 谷津 矢車 著、実業の日本社 刊]を読んで

 太閤秀吉 辞世の句
 「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢」

和歌の才能があったとは思えない秀吉の作にしては あまりにでき過ぎている、
それに露のように生れ落ちて、露のように消えてしまう自の身も、 そして
この世の栄華もすべて夢のまた夢でしかない、という無常観を、あの秀吉公が
口にするはずがない、石田三成はじめ居並ぶ諸大名は思った。

________________________________

この句は秀吉が詠んだのではなく、実は曽呂利新左衛門が創った と言う大胆
な仮説がクライマックスで展開される。

 自由都市 堺で刀の鞘を作る職人であった曽呂利新左衛門は戦国の混乱に巻き
込まれ鞘師の師匠の首つりに茫然とする。

乱世でしか生きられないと悟った曽呂利は生業を捨て、生まれつきの頓智の才を
生かし口舌の徒となり信長の後継者として天下統一を目指す秀吉のお伽衆として
傍に取り入る。

秀吉の身近に侍るようになった曽呂利は石川五右衛門を大阪城に忍びこませたり、
秀吉をそそのかし千利休、豊臣秀次を自害させるなど 世の中を混乱させるべく
自ら黒子となって陰謀を繰り出す。

秀吉が没し家康が関ヶ原の合戦を制すると今度は家康をそそのかす。
秀頼の方広寺の造営にあたり、その鐘に『国家安康』という言葉を刻ませ、秀頼
を追い詰めたかった徳川方に絶好の口実を与え、大坂城の秀頼を攻めさせ豊臣
家を滅ぼした。

しかしその後、乱世には戻らず、曽呂利は居場所を失い「ほなさいなら」と消え
て行った。

 国際社会の反対を押し切って核実験をしたり、ミサイルを打ち上げたりする
どこかの独裁国家の首領様にもひょっとすると側近に曽呂利のような面妖な人間
ついて世界に混乱を起こそうと唆しているのでは? と、この本を読んで感じた。

H28.2.19

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17歳からのドラッカー (中野明 著 学研パブリッシング刊)を読んで

 職場で朝礼の際に輪読する小冊子に九州のユニーク列車「指宿のたまて箱」が
紹介されていた。上質の木を使った内装、窓を向いた座席、室内に霧が出る仕掛
けなどユニークな車両でお客さんを誘っている。

これがマーケティングの実例かと思い先頃読んだ 「17歳からのドラッカー」
(中野明 著 学研パブリッシング刊)の内容を振り返ってみた。
________________________________
・「顧客の創造」はどうやって実現するか

  「顧客の創造」のために組織がもっている機能はたった2つしかない。
   マーケティングとイノベーションがそれだ。
  「マーケティング」の狙いは「販売」を不要なものにしてしまうことで
   ある。
  「マーケティング」の狙いは、顧客というものをよく知って理解し、製品
  (ないしはサービス)が「顧客」に「ぴったりと合って」、ひとりでに
  「売れてしまう」ようにすることである。

  マーケティングが販売を不要にする これがマーケティングの本質に他な
  らない。
________________________________

 同じスーパーマーケット内のテナント店舗でも、店先で大声出して懸命に客の
呼び込みをしている焼鳥屋と 黙っていてもクリスマスに行列ができるケンタッ
キーの店。
そして焼鳥屋はいつの間にか別の店に代わっている、と言う光景をよく目にする。

焼鳥屋の店員は一生懸命やっているのに商売を畳まなくてはいけないハメになる、
お客さんの欲しがっている物にピタリの商品を提供することの難しさを感じる。


________________________________
・「イノベーション」で顧客のニーズを作り出す
  イノベーションは、技術的な研究や開発だけを指すわけではない。たとえば
  今では当たり前のクレジットカードも一昔前では馴染の無い仕組みだった。
  従って過去に遡ってクレジットカードを見ると、「新しい、より大きな富を
  生む能力を与える」と言う意味で、これもイノベーションだったといえる。
_________________________________

 これで思い当たるのは、今では当たり前になっている交通機関のPASMO、
Suica等のICカード。
乗る際にいちいち小銭を取り出す手間が省け、鉄道にもバスにも使えたり、関東
で買ったカードは関西でも使えるなど大層便利になった。

昔は券売窓口で切符を求め、改札で鋏を入れてもらってからホームに上がったの
を思い出すと、使う側が受ける恩恵と共に鉄道会社では相当な省人効果を上げて
いる筈。  

身近な事を振り返るだけでもマーケティングとイノベーションが「顧客の創造」
を創りだすと言う事は良く分かる。

そして
「組織には価値観がある。そこに働く者にも価値観がある。価値観のベースには
真摯さがあるべきだ。真摯さがなければ、その人に残るのは虚しさだけだ。」と
言う言葉が心に残る。

本の題名は「17歳からのドラッカー」だが 或る程度社会経験を積んでから読
み返すと述べられている事がより深く実感する。

                         H28.1.29

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三島由紀夫 著[不道徳教育講座] (角川文庫)を読んで

 先月の新聞に 三島由紀夫が自決して45年になるとの記事が載っていた。
あの頃は大阪万博が終わった頃の高揚感が残る中、私は忙しい仕事の合間に
一人旅を楽しんでいた事を思い出し、
その頃 旅の途中で読んだ三島由紀夫 著[不道徳教育講座] (角川文庫)を
振り返ってみた。

読んだ当時、これは!と思ってアンダーラインを引いた個所は今振り返ってみて
やはりそうだった と感じる事が多々ある。

今も印象に残る記述
_______________________________

1.先生をバカにすることは、本当はファイトある少年だけにできることで、彼
  は自分の敵はもっともっと手強いのだが それと戦う覚悟ができていると予
  感しています。
  これがエラ物になる条件です。
  この世の中で先生ほど偉い何でも知っている完全無欠な人間はいない、と思
  い込んでいる少年は一寸心細い。

2.友人を精神的に裏切ることによって精神的に成長したのである。

3.大変永続きした美しい友情などというやつを よく調べてみると、一方が主
  人で一方が家来の事が多い。主人側がなかなか利口であくまで対等の扱いを
  していて世間にもまた当の家来にも彼が主人であると言う事を露骨に出さず
  実は完全な精神的主従関係を確立しているのです。

4.たいていの偉人の伝記を読むと、家来にされそうになると、うまく相手を裏
  切って、裏切りの上に油断のならぬ対等な関係を確立し、自分を大きくして
  いった人が多いようです。

5.裏切りは友情の薬味であって、これはコショウかワサビみたいなものであり、
  裏切りの要素もそと危険も伏在しない友情など味がないと思うようになる時、
  諸君は先ず青年のセンチメンタリズムを脱却した一人前の大人になったと言
  えましょう。

6.セールスマンの秘訣は決して売りたがらぬ事だと言われている。人が押売り
  から物を買いたがらぬのは、人間の本能で 敗北者に対して、敗北者の売る
  物に対して魅力を感じないからであります。

7.情熱というものは皮肉なもので、いつも情熱の持主が損をするように損をする
  ようにと仕向けてくる。

_______________________________


私が中学生の頃、授業の際 やたら強圧的で生徒に恐怖心を植え付ける体育
教師がいた。体罰は日常茶飯事、生徒が授業を終わった後にうっかりアクビを
しただけで、それをとがめ男女の区別なく頬に手形が出来る程張ったりしていた。
そんな中に一人敢然と反抗する生徒がいた。

後年 その生徒は大学学長となり。 
暴力教師は同総会に呼ばれて出てきても誰にも相手にされず、知らない間に中座
していた。

最初の項を読んで、そんな事を思い出した。

                       H27.12.1

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[森鴎外の「知恵袋」 小堀 桂一郎 訳・解説]を読んで

 「宴会には頻繁に顔を出すのがよいか、稀にのみ出席するのがよいか、これも
  一考に値する問題である。頻繁に顔を出せば珍しがられることもないゆえに、
  それだけ値打ちはさがるだろうし、あまり顔を見せずにいると社交嫌いの変人
  のようにも思われよう。」
 「宴会の常連の如くになって、また彼奴が来ている、などと思われるよりは、出
  席を控えめにして、たまにはあの人にも来てもらいたいものだ、と思われる方
  がよい。」

これは25年程まえ読んだ[森鴎外の「知恵袋」 小堀 桂一郎 訳・解説]の中に
ある一節だ。

私が現役サラリーマン時代、[賀詞交歓会]、[労使懇親会]、[協力会社との懇親会]
などの名目で半ば義務的に出席していた宴会では 時には話し相手もなく「はやく
終わって帰りたい」と思う事がしばしばあった。
また 同窓会にも殆ど出る事はなかった。

 会社を停年退職して十年余り経った今、同窓会、会社のOB会、同期入社仲間の
会、などの誘いがあるが、現役時代と打って変わり出来るだけ顔を出している。
この齢になると 宴会に頻繁に顔を出して「自分の値打ちがさがる」と考えるのは
バカらしい。
それよりも曾ての仲間がいま今どんな生き方をしているのか知る方が興味深く、特
に少人数の会合で常に顔を出し、偶に欠席すると「あいつが欠席したのは残念だ」
「次に来てくれたら好いな」となる。


[森鴎外の「知恵袋」]には他に次にような言葉もある。

 「自分のすぐれた能力は機会をつかんで程よく人に示せ、あまり控え目にして
自分の有能さを秘めかくしていては君は人の目にとまらない。また能力を誇
示しすぎた場合には、人に嫌われ妬まれる。」

自分は控えめにするも何も「優れた能力」が無かったので能力を誇示しても人
の目にとまらなかった、など 本に記されている事とは少し異なる経験もしたが、
人間の本質を見極める際に述べられている下記の言葉は肝に銘じている。

 「人間というものは大事のことに当るときは、周囲の批判を考慮しながら取り
  掛かるものであるから、用心して自分の短所弱点をついあらわしてしまうよ
  うなヘマはしない。容儀・服装を整えて式典に臨む人にすきがないのと同じ
  ことである。」

 「他方、意味の軽い事を行うに当たっては、大概は、自分の言動を細かに吟味
  することもなく、平生の自分の地金のあらわしたままで思った通りに事に当
  るであろう。」
 「そこで期せずして彼の本性がそこにあらわれるのである。例えて言えば普段
  着でひとり寛いでいる人に、一番その人らしい面目が伺われるのと同じであ
  る。」

普段の何気ない行動にその人の本音を見る事はしばしば経験する。

                        H27.10.24

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光秀の定理(レンマ)  垣根涼介 著(角川書店 刊)を読んで

 都の外れで行われていた一風変わった賭博。

胴元の坊主が周りの足軽どもに背を向け、四つの茶椀の中の1つに石を入れ、
伏せてから足軽の前に出し、「この中のどれに石が入って入るか、よーく考えて
掛けて見よ」と云う。

足軽は思案の末、一つの茶椀の前に掛け銭を置く。

「このままでは、お前たちが当たるのは四分の一にしかならぬ、こうしよう」
坊主はカラの茶わんを2つ開け、更に「これで当りは二つに一つ、五分五分だ」
「今なら掛け銭を隣の茶椀に移し替えでも良いぞ」とも云う。

足軽は少し考えたが、最初に掛けたのに拘り、そのままにした。

勝負を重ねる内に最初は五分五分であったものが次第に坊主が勝を重ねる。
怪しんだ足軽が代わって胴元になっても最後は坊主が勝をかさねる。

坊主は「今日はワシの運が良かっただけだ」とうそぶく。


その賭博を見た若き日の明智光秀は、何かの理があるとは感じるが、それが何か
分からなかった。

後年、光秀は信長より敵の城の一つを攻め落すよう命ぜられる。
その際、四通りある攻略路を検討し、思案の末に一つを選ぶ。
 
暫らくして四通りの内、一つは敵兵が潜み、残り三つは敵兵無しの情報を得る。
更に四通りの内、二通りは敵兵が配備されてないとの確かな情報を得る。
残りは二つに一つ。
ここで光秀はかって茶碗賭博をしていた坊主に助言を求めると、
「残った二つの経路内、最初に選んだ方を捨て残った方を進め」との指示。
坊主の指示通り兵を進めると途中敵兵に遭遇することなく城攻めに成功し、茶椀
賭博の理を実戦で経験するが なぜそうなったのか理解できない。

そして種明かし。

後にこの茶碗賭博を見た信長、
「今度は百個の茶椀の一つに石を入れて伏せよ」
「ワシはその内の一つに掛ける」
「空の茶碗を九十八個明けよ」「残りの茶椀は二個」
「ワシは始めとは逆の茶椀にかける」

___________________________________

今度こそ頭を打ち砕かれるような衝撃に見舞われた。本当に腰が伸び上がった。
「そ、それがしが」と光秀。
 信長が、その顔を光秀に向けた。
「では、答えよ」
「いくら最後に二つになり申しても、最初の椀の当たり目の率は、依然として変
 わりませぬ。
「となると、椀を変えたほうが、百に九十九の率で、当たりまする」
「何故じゃ」
「自明の理。残る九十八の椀は開いてござりまするゆえ、石はこの二つのどち
 らかには必ず入っておりまする。それゆえ、『ひとつ』という事実から最初に
 選んだ椀の当たり率を引けば、残る椀の当たり率が出るのでござりまする」
 そうだ、と言いながらも改めて感じる。
 新たに出現した二つの椀のみという事象に、ついつい視覚が惑わされる。
 だが、元々あった、今は開いている九十八の椀の存在を、常に忘れてはなら
 ぬのだ。
「では四つの椀の場合ではいかがする」
 その考え方の根本が分かれば、あとはもう簡単だった。
「最初に賭けた椀が当たるは、もともと四分の一でこれは、変わらぬ」すらすら
 と光秀は答える。
「開いた二つの椀が空な事実を含めれば、当然、残る一つの椀が当たるは四分
 の三。よって、もう一つの椀に変えたほうが、七割五分にて当たりを引く」
「ようやく、解けおったわ」

信長が微笑む。
「この理は五つに一つや、三つに一つでも対応できるな。さらには逆に五つに
 四つ、八つに五つ、あるいは千に百・・・数字の組合せは無限にある。考えよ
 うでは、戦術にも使えるの」
「そうでござる。さらに申せば、人事の抜擢にも応用できまする。」
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日頃、経験する些細な事柄の中の僅かな差。
その背後にある厳然とした定理に気づいて行動するのと、気づかないまま行動す
るのとでは後になって大きな差がつく事をこの本は教えてくれる。

                         H26.11.15

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堀越二郎 著 [零戦] を読んで

 この著作は昭和45年 光文社からカッパブックスとして発行されたものです。
カッパブックスと云えば気軽に読めて内容が軽めという認識でしたが、この本の
内容は濃く私の愛蔵書の一つになっています、今回久し振りに読み返しました。

[空中での格闘性能にすぐれ、強烈な破壊力を持ち、それでいて航続距離が長い
 艦上戦闘機]
これが昭和十二年 海軍から出された十二試艦上戦闘機 計画要求書の内容で
した。

戦線が拡大するにつれ丸腰の攻撃機が遠征先で敵戦闘機にバタバタ落とされる
のに対応するため長距離にわたって援護する戦闘機の必要性から生まれた要求
だったと著者は推測しています。

そして相反する要求について
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 空戦性能をよくするには、身軽にひらひらと飛べることが必要だから、当然、
 機体ができるだけ軽くなくてはならない。しかし、航続力をのばすためには
 それだけ多くの燃料を積まねばならず、また、そのために必要となる装備のため、
 とうぜん機体の重量がふえる。これに加えて、いままでになかった二十ミリ機銃
 を装備するとなると、ますます重量が増えてしまう。これは全くジレンマだった。
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と記されています。

具体的な設計過程に興味を惹かれます
 ①エンジンの決定:三菱瑞星一三型(875馬力)か金星四六型(1070馬力)か
              → 馬力は金星より小さいが重量の軽さを取って瑞星
 ②プロペラの選択:定回転プロペラの採用
          プロペラの捩じり角度を低速で浅く、高速で深くして常に
          最大の馬力で飛べる性能確保
 ③重量軽減対策
  「スリコギのようなズングリ ムックリした形状も、傘の骨のような細くて長
   く撓み易い形状も同じ一律の安全率は見直す必要あり」という卓見 に読み
   進めていた時、なるほどと得心しました。
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  細長い柱や薄い板のような部材を両端から押すと、押す力が増えるにつれて、
  部材ははっきり湾曲が増えてゆく、そして、はじめのうちはその力を抜くと、
  湾曲は消えて、元の形に戻る。そして、さらにすこし押す力を加えると、
  あるところでその力に耐えられなくなって破壊する。
  ここで重要なことは、この種の部材では、極端にいうと、それが破壊する寸前
  まで、加えていた力を抜くと湾曲がもとにもどるということである。
  もとの形にもどる範囲の最大限の力、つまり何回くりかえしてかけてもよい
  「最大の力」は破壊する力のごく近くまで近寄っているということになる。
 
  「余裕のありすぎる部材の安全率はもっと下げることができる」
  引っ張り部材や太短い部材に対して1.8の安全率が必要だからといって、細長
  い部材に対してまで一律に1.8の安全率を要求するのは理屈に合わない。
  飛行機には細長い部材が多いのだから1.8の安全率を合理的に改め重量軽減
に役立てる。 細長い、薄くて丈の長い部材にたいして安全率を1.6くらいにさげ
  ても差し支えないという結論に達した。
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 ④空力設計(機体の安定性、操縦性)
  操縦時の昇降舵を低速でも、高速でも、効きすぎたり、効きたりなかったりし
  ない為の根本的対策として、安全率の見直しと同様に材料の撓みに着目し
  ている点、ここでも設計者の柔軟な考え方の一端に触れたような気がしまし
  た。
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  操縦桿を同じだけ動かしても、速く飛ぶときは昇降舵が少ししか動かず、遅く飛
  ぶときは、昇降舵が大きく動くようにし、しかも最低速と最高速のあいだのどんな
  速度で飛んでも、その速度にふさわしい動きをしてくれればよい。

  操縦系統に弾性を利用する
  操縦系統にたわみや伸び縮みが起こりやすくすれば、つまり剛性を低くすれば、
  「飛行機が高速になる → 舵の面にあたる空気力が増える  → 操縦系統に
  かかる力が増える → 操縦系統のたわみや伸びが増える → 操縦桿を大きく
  動かしても舵は普通より小さくしが動かない。 低速になると、この反対の現象が
  起こる」
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そして昭和十四年四月に始まった試験飛行
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機は離陸するとすぐ、邪魔物のようにぶらさがっていた二本の脚は蟹が獲物をかか
えこむように左右からたたみこまれ、機の胸部におさまった。
脚を引っ込めてしまったあとの姿は、ついさきほどまで地上をころがっていたとは思
えぬほど、完全に大空にふさわしい姿に代わっていた。

私は一瞬、自分がこの飛行機の設計者であることを忘れて、「美しい!」と喉の底
で叫んでいた。
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後に零式艦上戦闘機・一一型 と制式されます。

                         H25.9.1

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