東葉高速鉄道 車両基地周辺の里山東葉高速鉄道車両基地周辺の里山

 東葉高速鉄道 八千代緑が丘駅から高架線の下を西に5分程歩くと車両基地に
向かう線路が分岐し北にカーブしている。分岐した線路に沿って北上すると車両
基地入口を跨ぐ歩道橋に出る。広々としたヤードには東葉高速鉄道のオレンジ色
の帯を締めた電車や東京メトロの空色の帯を締めた車両が留置されている。
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ここを起点として車両基地東面の塀と梨園の間の道を北に500mほど進み右に折れ
県道に出る。
東に八千代グリーンハイツのマンション群を見ながら県道を進むと明治ゴルフの
練習場。
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近くにNTT電話基地局があり高さ50m程の赤白の電波塔がこの辺りを散策する
際のランドマークになる。
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明治ゴルフを巡る道路脇の雑木林に大きな苺のような芯のある朴の花が開いてい
るのを眺めながら進むとフェンスに囲まれたソーラーパネル群に突き当たる。
ここから北に八千代工業団地の工場、東に八千代医療センターのレンガ色の建物
が見える。
打ちっ放しのネットに沿った道路の横、カラの遊水池の脇から草に埋もれかけた
道が細々と北に向かっている。
この脇道を進むと直ぐに舗装が消え、砂利道から草叢となった先で谷間の休耕田
に出る。
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東の高台に八千代工業団地 南奧に畜産排水処理場があり畑の脇の草叢の排水溝
から水が流れ出している、地図には津金谷津排水路と記されている。
右手崖上に聳える工業団地にはM.C.S-JAPANや日本ガルバ等の建物が
辛うじて崖の上に踏みとどまるように密集しているのを見上げながら排水路に沿
って北に向かう。工業団地を支える高い擁壁の途中から幹を出している根性ある
木が葉を繁らせ小鳥の絶好の休憩場になっている。
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崖下の産廃処理場を過ぎると植えたばかりのトウモロコシ畑、梨畑では摘果作業
が始まった。
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桑納川に注ぐ津金谷津排水路沿い北に進み高橋牧場の先で尾崎地区に入り花輪川
に出る
花輪川から尾崎橋、中橋、土橋と上流側に行くと大きな木の脇に八千代オイコス
の休憩ベンチ、暫し休んでいると網を持った子供がやってきて川の中を探り始めた。
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花輪橋から南に進むと東葉高速鉄道車両基地が見え 留置された電車と その横に
NTTの電波塔が見える。
車両を囲むように建つ人の背丈の4~5倍程の擁壁に沿って南に坂を上り、花輪
源流を過ぎ住宅街の奥にある車両基地入口の振り出し地点に戻る。
R2.5.24
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千葉 八千代市 石神川~尾崎~吉橋

 東葉高速鉄道 八千代緑が丘駅近くの 緑が丘郵便局前から浜野医院横の
道を下ると黒いマンションと新しい舗装道路に囲まれた一角に石亀池がある。
辺りの様相は10年前と様変わりしているがこの古池は里山時代そのままの
姿で緑の水を湛えている。

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ここからトライアル(スーパー)裏にある小さな公園(6号街区公園)に入ると北端に
コンクリート蓋で覆われた溝があり北に向かっている。

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溝に沿ってフェンスが張り巡らされ西側は近年急速に開発された緑が丘西地区の
住宅地、東側は石井食品の工場などが並ぶ吉橋工業団地。
工業団地は高台にあり側溝は先ほどの池から流れ出た石神川で崖線に沿って北に
向かっている。
ここは以前 歩き辛い荒地だったが今は北に延びる細長い緑地帯に整備されている。

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緑地帯の北端は芝生のグランド、そこから先の昔からの道は鉄扉で通行止め。
西の高台に上がり北東部近隣公園から新しい道にでる。

この辺りも[緑が丘西]地区で畑との境にも新しい建売住宅が建ち
[八千代緑が丘駅 徒歩26分80坪 4LDK 3380万円]の看板。

下を見ると 先ほどの緑地帯の先、谷間の田圃からハマグリの先を擦り合わせた
ようなカエルの声が上がって来る。
湯浅牧場前から坂道を下ると石神川が姿を現しその先を流れる桑納川に注ぐ。

 南から下ってきた県道61(船橋~印西線)を横切りバス停[高本入口]から東に
進み尾崎地区に入る。

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雑木林の裾にペット霊園があり猫を抱いた観音様が立ち、水を張った田には小さ
なさざ波、畦を走る軽トラには苗がどっさり積んである

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花輪川 尾崎橋の横 トタン葺小屋の妻板に錆の出たホーロー引きの[警鐘信号符
の標識]看板が貼付けてあり
「近火:〇-〇-〇-〇-〇-〇」
「鎮火:〇   〇-〇」等 記されている。
昔、近くに火の見櫓があったようで、このホーロー看板には[昭和十一年改正]の
文字が残っている。

北に進み、小さな石仏像がずらりと並ぶ階段を上り貞福寺に入る。本堂のきりっ
とした屋根のカーブが五月の空を切り取るように聳えている。

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貞福寺の裏手は吉橋の畑地 背景の森の先に八千代緑が丘駅前のタワーマンション
少し下がったところに子安観世音の小さな祠。

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一面の畑地を西に行くと[花輪地区 急傾斜崩壊危険区域]の看板があり

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下に先ほど見てきた水田、東葉高速鉄道車庫の横から流れ出て桑納川に注ぐ花輪川
と背後の森が見える。

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この辺りが今日歩いた内で一番標高が高い場所で、ここから南に向かう県道61号
に沿って吉橋工業団地が南に延びその脊梁の西に石神川、東に花輪川が源を発して
北に向かい桑納川に注いている。

R2.5.4

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工業団地と里山の境界風景

 千葉、白井市の河原子街道沿った白井第一工業団地の南西部は里山との境が複
雑に入り組んでいて興味深い地形だ。
五月の始め千葉レインボーバスの[白井工業団地前]停留所を起点に第一工業団地
から続く南側の里山を歩いてみた。

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バス停の西側、酒類卸問屋倉庫の隣にあるジェコスの工場敷地内には建設用鋼材
を移動させるのに使う大きな橋形クレーンが何台も並びオレンジやブルーの門の
ような躯体がフックを垂らして休憩中。
隣りの枯れた蔓や雑木が放置された荒地の先に綺麗に手入されたグランド、それ
に続く瀟洒なレンガ色の社屋が建つフクダ電子白井事業所のカドから南に折れる。

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道路を挟んで左は梨畑、右は自動車を運ぶ大型トラックが出入する配送センター。
カドを曲がり藤井製作所千葉工場(特殊銅合金)前から南に下がると白井御廟と
いう墓地。
入口の石碑に 
[この周辺の道路は江戸時代 小金牧と下総牧を結ぶ野馬ひき道として栄え 旅人
 の往来も多かった] と記されている。

墓地横から車一台分の幅しかない道を東に入る。 入ってすぐの所に郵便受を備
えたブロック塀に囲まれた空き地がある。以前は住宅だったようで 今、敷地は
畑のようになり、かっての門の脇の樹が伸び放題。

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塀の隣りに か細い赤鳥居がひっそりと立ち その奥に木立に埋もれるように小さ
な祠がコンクリートブロックの上に載っている。

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梨園の入口に屋根を取った以前軽トラだった車両が置いてある。 今はナンバープ
レートを外して機材や梨の運搬にでも使っているらしい。

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更に東に進むと 杉木立に囲まれた八幡神社、ここは注連縄のかかった立派な石
の鳥居が二基、厳かな村の鎮守の雰囲気を残しここが工業団地のすぐ横とは思え
ない雰囲気。

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木立と青いネットで覆われた梨畑の間の 行く程に心細くなる道を進むと 雑木
林の中に入ってしまう、そして突然金網フェンスで囲まれた工場の敷地に突き当
たる。

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ここはスタート地点の[白井工業団地前]停留所あったジェコスの工場の南
端にあたる部分で、里山の道はここで分断されている。
フェンスの中に先に見たブルーの橋形クレーンと段積された鋼材が見える。

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フェンスに沿って南側を回り込み畑の間の細道を通り鮮魚街道 富沢果樹園前に出る。

振り返るとクレーンが里山に進軍してくるように聳え、鯉幟がしょぼくれたように垂れ下がっていた。


R2.5.1

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白井市 河原子の里山風景

 千葉白井市の南北を走る河原子街道と東西に貫く鮮魚街道が交わる河原子台

交叉点に出光GSがある。


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会社の昼休を利用して ここから鮮魚街道を東に進み周辺の里山を眺める散歩を
楽しんだ。

白井工業団地内の鮮魚街道に沿ってボルト製造、ヘラ絞り加工、などの中小工場
や廃棄物処理工場の並びを過ぎ 工場が疎らになった荒地の向こうに突如 折板
屋根、白地に黄色と青のストライプをまとった工場が現れる。

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鎌ケ谷巧業と言うこの工場の橋型クレーンの並ぶ屋外作業場では重量建屋用の鉄
骨柱が仕上げ前の姿で並んでいる。

 ここから300m程先で鮮魚街道を外れ、南に下り木立に囲まれた道を抜けると
それまでの活動的な工場街から一変し森に囲まれた静かな里山風景が広がる。

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西に向かう道は舗装されているが車の行き来が殆ど無く景色を眺めながら散歩す
るのに丁度よい。

道路の南側に白井運動公園を囲む森、森の縁にそって用水路を囲む白い柵、その
周辺に広がる梨畑やネギ畑、北側に大きなお屋敷が点在し歴史ある旧街道のよう
な雰囲気。

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道を西へ進むうちに北面から深い森が被さるように迫って来る。そして森の藪か
ら抜け出てきた小径の脇に天満宮の祠、鳥居の横に古めかしい石碑が傾いている。

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森の途切れる辺りに民家が一軒、五月晴れに瓦屋根が輝いている。やがて南方に
神崎川の細い流れ、それを渡る河原子街道、梨の選果場のスレート建物が見えて
きた。

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快適な道は河原子街道を横切って折立方面に向かう。近くの河原子バス停横の放置
された竹藪から筍の先があちこち出ている。

ここで北に折れ河原子街道を北上、河原子台交差点のスタート地点に戻る。
食後の腹ごなし、40分程の散歩だった。

R2.4.28

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千葉 白井市 河原子の森

 最近のコロナウイルス騒ぎで会社の通勤を電車からクルマに代えたので歩行数
の減少を補うため昼休に勤務先の工業団地周辺の散歩を始めた。
この工業団地(千葉 白井工業団地)は元々里山だった所を開発して造成された
ようで少し脚を延ばすと森の中に入ることができる。今日はその中の一つ河原子
の森を歩いてみた。
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 白井と柏を結び南北に走る河原子街道が東西に走る鮮魚(ナマ)街道と 交わる
河原子交差点を南に300mほど下がると目立たない看板があり[本場パキスタン・
インドカレーのモンターズレストラン]と記されている。
看板の先の横道に入り廃棄物集積所のカドを曲がった先に工業団地の食堂という
趣のレストランがあり東南アジア系の男達が出入りしている。
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レストランの先の雑木点在する原っぱから小さな墓場の間を抜けると森に入る道
に出る。人の気配は全く無いが時折車が通るようで路面はしっかりしている。
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 この道を北西に進むと突然視界が開け周囲を深い木立に囲まれた校庭くらいの
広場が東西に現れる。
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西側の広場は放置された梨の木立に若葉が芽吹き、東側は草の絨毯のような広場
これは以前畑だった場所が耕作放棄された跡だろうか?
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木立に囲まれた道は次第に細くなり車が一台通過できる程となる。更に行くと朽
ち果てたトラクターが放置された先に民家がポツンと一軒家状態で佇んでいる。
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更に細道を北上し白井遊楽ファームのプレハブ事務所のある所で小川を渡り森を
抜ける。
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暫く森の外縁に沿って西に進み 送電鉄塔から梨畑に沿って北に行くと鮮魚街道
の中(ナカ)集会所に出てから出発地点に戻る。 
職場を昼食後12時半に出てから午後の始業時間迄の30分の里山歩きだった。
                       R2.4.17
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新川、花見川(東葉高速 村上~京葉線 新検見川)

 東葉高速線 村上駅からから国道16号を横切り少し行くと印旛沼から流れ出た
新川の左岸に出る。
ここから堤防の遊歩道を下ると大和田機場がある。中ではモーターやエンジンが
唸りを上げている筈だが 人影なく全く静かな雰囲気。

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機場敷地内には昔稼働していた軸流ポンプの大きな羽根が展示されている。

大和田機場で一旦堰止められた新川の流れはポンプで2m程持ち上げられ出水口
から花見川となって流れ出るが堰の入口と出口でそんなに水面が持ち上がってい
るとは余程注意して観察しないと気付かない。

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花見川に沿って大和田橋、京成成田線鉄橋を過ぎると、右岸側に八千代高津団地
から来た高津川、その先で左岸側に四街道から来た勝田川が合流する。

菜の花の黄が濃くなり始めた河川敷を眺めながら弁天橋を左岸に渡る。ここから

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海岸までの道はサイクリングコースとなっていてゴールの稲毛ヨットハーバー迄
主要な休憩ポイント迄の距離などが案内板で示されている。

右岸に鷹之台カンツリー倶楽部の森を眺めながら進むと、要所要所に [大和田
機場の排水による注意]の看板があり 放流警報局の緊急放流サイレンを発する
スピーカーがコンクリート柱の高い位置に据えられている。

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流れの両岸は森に覆われ千葉市内とは思えない幽玄な雰囲気の遊歩道を進むと
微かな緑に染まり始めた岸辺の草叢に潜むように太公望がサオを出している。

水色のトラスに囲われたパイプが渡る花見川水管橋、建替え工事中の柏井橋を
過ぎ右岸にお花見広場と天福寺の屋根を眺めながら下ると花島橋。

白梅満開の花島公園の横をサイクリングの自転車が駆抜けていく、坂道を下って
来て結構なスピードでハンドルを握る人は必至な顔で前を凝視している。

花見川大橋の下に猫二匹と見慣れない毛が抜けてシワシワ肌の一匹が見える、目
の周りが黒いから狸か?  誰か餌をやっているらしく傍に皿がある。

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長沼船橋線(東金御成街道)の天戸大橋を過ぎるあたりから花見川は谷間から抜け
出て平野の川へと表情を変える。
近くにNEO FACTORYという四角建物の工場がある、オートバイパーツ
を扱っているらしい。

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川辺で一足先に開いた桜(?)並木を眺めて進む内に亥鼻橋、この橋も建替工事中で
ヒロセ プレガーダーというプレハブ構造のガーダーと橋脚が架かっている。
その先の潮留橋に小さな堰がある。ここで海からの逆流を防止している、とすれ
ば 海水がここ迄上がって来る可能性があるという事だ。

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京葉道路の下流右方に幕張の高層ビル群が見えヨットハーバーまで5.9kmの標識。
左岸の公園で気の早い中高年グループの花見を眺めながら進み浪花橋の先でJR
総武線鉄橋に出る。

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京成千葉線の先で少し川から離れて南下、国道14号、東関東自動車道と湾岸の
主要道路の下を通過後 流れに戻り、京葉線鉄橋の先で東京湾が見えてきた。
Img_0413s 磯部橋、美浜大橋の下を潜ると 東京湾に望む検見川浜に到着。

せり出した突堤の手前で一足早い春休み中の女子高生グループがケータイ写真を
撮りあっていた。

R2.3.7

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新河岸川、白子川(赤羽岩淵~光が丘)

 東京メトロ南北線の終点 赤羽岩淵から北本通り(R122)を北に進むと岩淵
交番の先で新荒川大橋に出る。

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荒川大橋は新河岸川、荒川を跨ぎ埼玉県に入り北本通りは岩槻街道と名を変える。

江戸時代、ここには岩淵宿から荒川を渡り川口宿に向かう岩淵渡船場があり明治
時代半ばまで利用されていたとのこと。

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ここから新河岸川左岸を上流側に向かう。 隣の荒川左岸にはレゴブロックを高
く組合わせたような川口の高層マンションが林立している。

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京浜東北線や湘南新宿ラインの電車が走る 東北本線鉄橋の下を潜ると嵩上げ工事
中の堤防。

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この傾斜法面は子供達の恰好の遊び場となり尻に段ボールを敷いて土手すべりを
楽しんでいる。

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コスメサイエンスの真新しい化粧品工場横を過ぎると浮間橋、その隣に北赤羽駅
のホームと東北新幹線が川を跨いでいる。
流れの中程を青く塗られた小さなゴミ収集船が遡ってきた。[建河清第1号]と記
され開口した舳先にネットのベルトコンベアがセットされ、川面に浮かぶゴミを
回収している。取漏らしたペットボトル等は作業員が網で掬っている。

右岸 小豆沢公園に東京水辺ラインの発着場があるが昨年の台風19号被害の影響
で現在は水上バス運休中との事。

新河岸大橋、新河岸橋と進む内、川岸は塀で囲われ、都下水道局管理事務所横辺
りまで監獄の塀の際を歩いているような気がする。
長後さくら橋の左岸に埼京線浮間船戸駅を見て、平成橋の先 志村橋で中山道を
横切る。

蓮根橋と高島平舟戸大橋の間に川の蛇行の跡が入江のように残り、水辺に沿った
日本製鉄の工場からクレーンの走行ガーダーが川面に張出している。

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西台橋の先に高島平方面に繋がる前谷津川緑道の終端があり横の板橋清掃工場の
大きな角材のような煙突が白と淡青の装いで冬空を突き刺すようだ

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徳丸橋から左岸に三基並ぶ球形ガスタンクを見てから板橋市場横を通り 首都高
新大宮バイパス(R17)笹目橋 の下を通る。笹目橋の500m程先で成増方面
から来た白子川が新河岸川右岸に注いでいる。

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白子川終端、落合橋の辺りでは深い護岸に囲われた排水路のような感じで 冬の
この季節こぞ水量が少ないが、梅雨時には上流からかなりの水が押し寄せ水面が
グンと上昇するのだろう。

ここから白子川に沿って上流側に向かう。
白子川の北西が和光市、南東が東京都だが その境界線は真っすぐ流れる白子川
には沿わず出たり入ったりしているのは昔、白子川が蛇行していた名残なのだろ
うか?
白子川河口から小さな橋を十個所ばかり過ぎ 寺前橋の先で東武東上線、メトロ
副都心線の高架が横切る下を通る。

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ここから上流側は遊歩道が整備され淀んでいた川はコンクリートの川底をさざ波
を立てながら流れている。
川越街道(R254)東埼橋から牛蒡通りに入る。西側から崖が迫り 川を隔てた
東側には本田技研の工場。
牛蒡コミニティーセンターから南に下ると昔の牛蒡通りの面影を残す蔵のある屋
敷がまだ健在、小源治橋で白子川を渡り向山通りの先で光が丘公園牛蒡口に到着。

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坂を上がり公園内の大通りに出ると、裸の欅並木の間に
[練馬こぶしハーフマラソン3月22日午前8時スタート]の横幕がかかっていた。

R2.2.11

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横浜 二俣川、帷子川(相模鉄道 二俣川~横浜)

 相模鉄道 二俣川駅から少し東の住宅地のあたりで駅の下を潜っていた二俣川が
姿を現わす。
幅10m程のコンクリート護岸で囲まれた川には水面にオーバーハングした鋼材製の
歩道が設けられ、途中にある昔風のたばこ屋が懐かしい佇まいを残している。

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二俣川の流れは国道16号の高架下を潜りタカナシ乳業横浜工場横から厚木街道の
下川橋の先、旭区役所近くで西から下ってきた帷子川に注ぐ。

二俣川と合流した帷子川は一旦厚木街道の下を暗渠で潜り鶴ヶ峰公園の先で幅20m
程の流れとなって再び姿を現す。この暗渠は延長141.1m、高さ9.6m、幅員16.3m
の[帷子川捷水路トンネル]で1988年3月完成と記されている。

鶴ヶ峰公園から下流に高さも角度もマチマチな橋が三本見える。
手前の一番低い鶴峰橋の横には鶴ヶ峰稲荷神社が祀られ、その次の高いのは国道
16号から降りてくる道路が渡る橋、その後ろが鶴舞橋。 

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鶴舞橋の少し下流側 右岸脇にある帷子川親水緑道に寄ってみる。 
石段を下りると巾着状に曲がる細い池に周囲からの湧き水が流れ込んでいる。ゴイ
サギが羽根を休める水辺には東屋や竹藪、それに小さな吊り橋があり住宅地の中の
静かな日本庭園の趣。昔帷子川が蛇行していた流れの名残を活かし公園としてよく
整備されていて気候の良い時には気持ちの良い散策を楽しめそうだ。

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 ここから下ると嶋越橋で光が丘団地方面から南下して来た帷子川支流が合流し、
その先愛宕橋と下中田橋の間に水門が設けられている。
「ここから帷子川分水路が設けられトンネルにより下流に流下させるようになり
 大水が出た際の安全度が飛躍的に向上した」と その下流側にある和田町駅前の
説明版に記されている。

西谷駅手前で相鉄線の高架下を潜ると逆田橋公園。ここも昔の流れが蛇行していた
跡を公園にしたような地形で、ベンチに座ると右手に東海道線、左手に相鉄線の走
るが眺められて見飽きしない。

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逆田橋公園から新幹線の高い高架の下を通り下流方向に進む。

右岸は高い崖が続き昨年秋の台風の風雨の被害の跡だろうか崖上から倒れた樹が

通路を塞ぎ当時の風雨の凄さを伝えているが、住宅地に氾濫被害が無かったのは

[帷子川分水路]が有効に機能したからだろう。

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川島小学校近くに小さな田圃があり[ほどがや・元気村]の表示と説明板があり、昔
の谷戸の面影を僅かに残している。

環状2号線の下を潜り右岸を進むと、また崖が迫り水辺に沿った道は無くなってし
まった。

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崖に建つ住宅の間の急坂を上がると坂の上に川島稲荷神社がり、そこの案
内には次のように記されている。
___________________________________
 川島稲荷神社は、今から二百年以上前、江戸時代の享和三年(1803)に建立されま
した。
その頃この一帯に住んでいたご先祖様たちは、坂の多い土地を段々畑や棚田にして
作物を作っておりました。 そして五穀豊穣による実り豊かな生活を祈願するため
稲荷神社を建てたと言われています。
ここは、かって稲荷谷戸と呼ばれていたように農作業に貴重な湧水が豊富でした。 
___________________________________

川島稲荷から降りて西谷浄水場からのバス路に出ると全面壁と屋根に覆われた道路
の下を通る、道路のように思ったのは後で調べるとJR貨物横浜羽沢貨物駅から出
てきた高架線路だった。

 上星川駅前から和田町までの間、川を建物が取り囲むようにして建っているが、
その後また水辺の道に戻り平和橋の先で横浜新道(国道1号)を潜る。
星川駅を過ぎ天王橋の先で流れは左に大きく曲がり南から来た今井川と合流する。
相鉄線も川に合わせるように曲がって西横浜駅からJR東海道線に平行して走る。

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社宮司公園から水道橋の先にある国道16号の尾張屋橋に上がって辺りを眺めると、
すぐ目の下に石崎川が分かれ、北に延びる水面には古河電工横浜研究所のビルが

映っている。
沼の橋の先 右岸に東京ガスの球形タンクが見えてきたあたりの地盤は海抜0.5m
と表示され、帷子川に沿って走っていた相鉄電車も横浜駅終点となる。帷子川は駅
の下を潜って横浜そごうの先で横浜港に入る。

R2.1.3

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皇居紅葉散歩

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 和田倉橋を振出しに黄葉のイチョウ並木を進み皇居外苑に入ると 北の大手門、
南の馬場先門からの人の群と合流し二重橋前辺りから途切れない隊列となる。
途中に手荷物検査があるが高速道路の料金所のように窓口が多く設けられている
うえ簡単な検査なので渋滞することなく通過し見物客は粛々と坂下門に吸い込ま
れて行く。

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 坂下門を入り、給水所で喉を潤し入口で配布されている大嘗宮(ダイジョウキュウ)の
解説パンフレットに記されている「令和元年秋季皇居乾通り一般公開」参観経路
の地図を見ながら蓮池堀に沿って乾通りを北に進む。沿道の散り始めた欅の黄葉
が秋の名残を感じさせる。

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 下道灌濠の先で右に折れ、西桔橋を渡り皇居東御苑 旧本丸に入る。曲がった
路の坂を上がり切ると歴史の教科書で習った校倉造りのような建物が高層ビルを
背景に住宅展示場のように並んでいるのが目に飛び込んできた。これが悠紀殿、
主基殿をはじめとする大嘗宮一連の建物で間近に見学見するには70分待ちとの
事なので遠くから眺めるだけで通り過ぎた。

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 松の廊下跡のある道を下り昔の警備詰所に当たる大番所から二の丸へ入る。
二の丸雑木林、庭園ではニシキギ、モミジ、ケヤキ 夫々色合いの異なる紅葉を
眺め爽やかな初冬の散策が楽しめる。

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大ケヤキの下のベンチに座って寄って来る雀を相手に小休止してから諏訪の茶屋
を見て平川門から出る。

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平川門を出てから大手濠にそって内堀通りを下り和田倉噴水公園から和田倉橋を
渡り振出しに戻る。

                     R1.12.8

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神崎川(阪急京都線 相川~ 宝塚線 三国)

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  阪急京都線 相川駅西口の先に安威川に架かる新京阪橋がある。
亀岡方面から来た安威川はその先の高浜橋で淀川から分かれてきた神崎川と合流
する。
上高浜橋の説明板によれば、この辺りは昔[吹田の渡し]と呼ばれ、明治の初めま
で渡し船が通っていたとの事。

 ここから下流は神崎川本流となり、左岸は大阪市東淀川区、右岸は吹田市と川
を境に分かれているが、左岸側の一部 日本触媒の辺りが取り残されたように吹
田市(西御旅町、東御旅町)になっているのは 昔 神崎川が蛇行していた時の
名残だろうか?。

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斜張橋の高浜橋脇から右岸河川敷降りる。
[水鳥の道]と表示された遊歩道は樹木の手入れも行き届き川原の草刈り跡に鳩や
雀の群が降りてくる。
吹田大橋を過ぎ中の島公園の先に阪急千里線鉄橋が架かりマルーンのボディに
シールを張り付けた電車が通過して行った。

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 千里線鉄橋の500mほど先にJR吹田から来た城東貨物線と新大阪から来た
大阪東線の鉄橋が見える。
城東貨物線は単線の錆が浮いたプレートガーダーが真っすぐ架かるのに対し、大
阪東線は蒸気機関車の煙で燻されたような艶のない真っ黒な複線トラス橋で川を
斜めに渡り左岸の延原倉庫横で城東貨物線に平行する。

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この辺りの大阪東線の線形を地図で見ると東海道線と城東貨物線が鋭角で交わる
頂点部にコンパスでRを付けたような軌跡でコンパスの中心が神崎川の中にある
感じ。

 新大吹橋を過ぎネオマテリアルの鋸屋根工場の横を進むと東海道線の鉄橋。
上流側の背の低いポニートラスを智頭急行乗り入れ特急[はくと]、中程のスパン
の短いトラスには新快速、快速、普通がひっきりなしに通り、下流側のデッキ
ガーダーにはEF210電機 桃太郎のコンテナ貨物列車が通過し見飽きがし
ない。

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 JR鉄橋を過ぎると新御堂筋(国道423)の十八条大橋。
大阪メトロ御堂筋線が走る脇にビル群が林立し、その中でも目立つのが左岸にあ
るゼブラ模様の建物。これはホテルのようで並び建つビル群に埋没しないように
奇抜な装いでアピールしている。

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 五反田橋で豊津から来た小川が合流し榎木橋で逆V字形に大きく曲ると前方に
六甲の山並が見えてきた。

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大阪国際向けて着陸態勢を整えた旅客機がひっきりなしに頭上を通過するのを見
上げめながら進むと堤防越しに洒落た鐘楼の塔が見える。結婚式場のモニュメン
トらしい。

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豊吹橋を過ぎ左岸遥かに梅田スカイビルが影のように見え、右岸に豊中方面から
きた天竺川が合流して三国橋に出る。

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三国橋の下流側マンション群の間から抜出すように阪急宝塚線の電車が通過して
行く。
国道176新三国橋から下流側に阪急神戸線を見て阪急宝塚線三国駅に到着。

三国は昔、中小工場の集まる雑然とした街並の印象だったが今は駅前がスッキリ
と整備され郊外の高級住宅地のようになっているのには驚いた。

R1.11.3

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