« October 2018 | Main | January 2019 »

習志野 菊田川

 新京成電車 薬園台駅から成田街道を渡り緑青屋根と木漏れ日で静かな佇まい
の神明神社。
Img_6595s

ここから坂を下ると田喜野井北公園に出る。
マップルの地図ではこの公園の端に水路の始点が記されている、現地に行ってみ
るとコンクリート蓋の暗渠が始まっており所々に船橋市の下水道マンホールが嵌
められ、上には落ち葉。
Img_6617s

公園を出ると暗渠の上は花壇になり、皇帝ダリアが晩秋の空に背を伸ばしている。
水路に沿って南下し津田沼グリーンハイツの先、僅かに水たまりが残る調整池を
過ぎるとフェンスに囲まれた下水のような田喜野井川が現れる。

[フレッシュタウン南]バス停の先で習志野市に入り東金御成街道(船橋大神宮か
ら東金に到る県道69 )の藤崎交番前に出る。
その先の市道際に枝を掃われて幹の太さが目出つだけの大イチョウの古木がある。
Img_6633s
 
このイチョウは[習志野市天然記念物]とされ元々正福寺の境内中心にあったが、
市道を通し正福寺境内が二分された為この地に取り残された、と記されている。
その正福寺では江戸時代 寺子屋が開かれ田久保伊助と言う人が 近村から筆子
(弟子)を集め、初歩的な読み・書き・そろばん などを教えていた、との事。
このあたりに田久保 姓の家が多いのは 何か関係ありそうだ。

 ここから東の高台に上がり、海浜幕張の高層ビル群が見える畑地の間を進むと
藤崎堀込貝塚の木立。
説明文を読むとこの辺りは大昔から暮らしやすい土地であったらしい事が分かる。
___________________________

藤崎堀込貝塚は縄文中期~後期(4500~3000年前)の遺跡で大規模な貝塚と集落の
跡です。遺跡が位置している標高約20mの台地は、菊田川とその支流が刻んだ谷
に面しており、貝塚が作られた時代には、この谷に、ある程度近くまで海が入り
込んでいたと考えられます。
この貝塚は、縄文時代後期の人々が食べたあとの貝殻・魚骨・獣骨などを大量に
捨ててできました。貝の分布する範囲は南北110m、東西約80mで、西が開いた
馬蹄形をしています。貝の見られない周辺部にも、縄文時代中期から後期の竪穴
住居跡が見つかっていて、このあたりが長期にわたって生活の場であったことが
分かります。
___________________________

貝塚があった馬蹄形地帯の跡は今、ツツジのようなボンボリ形にしつらえられ
た 黄、赤、白の菊が並んで夕日を浴びている。
Img_6641s

堀込貝塚の台地を下るとワラ葺き屋根に樹の影を映した江戸時代初期の古民家
旧大沢家住宅、その続きに森林公園。
園内の池の端にSAKAI WORKSのプレートが付いた旧木曽森林鉄道の水色ディーゼ
ル機関車と客車があり森林の渓流に沿った停留所の雰囲気。
Img_6659s

森林公園から習志野市営ガスの供給所(球形タンク)を過ぎJR総武線の下を潜
ると菊田水鳥公園に出る。
Img_6666s

津田沼の先の総武線の線路際にこんな静かな公園があるとは知らなかった。金網
越に覗くと鴨が一斉にやってきた。
Img_6670s

その隣が七五三のお参りの親子や御朱印集めの人で結構な賑わいの菊田神社。

 京成の踏切を渡り、習志野市役所の南から菊田遊歩道の欅並木を進む。この遊
歩道は元菊田川だったのだろうか。先ほどの水鳥公園の池や森林公園の池、田喜
野井川などの水が繋がって下の暗渠を流れているのでは? と想像しながら進む。
Img_6676s

途中に鷺沼城址公園があり小高い丘になっていて戦国時代のちょっとした要衝の
ように想像される。

千葉街道を横切り袖ヶ浦運動公園の先で京葉道路を長い跨線橋で渡ると突如とし
て菊田川が現れる、川と云うよりはT字形の水路と言う感じ、どこかで先ほどの
暗渠につながっているように思う。

左岸に香住団地、右岸に海浜秋津団地を見ながらT字の縦棒を南下しJR京葉線
新習志野駅の先で茜浜緑地に到着。
Img_6692s_2

デジカメの望遠で黄昏の東京湾にかかるアクアラインを捉えることができた。

                      H30.11.17

Img_6701s


| | Comments (0) | TrackBack (0)

東京臨海 三大橋梁

東京水辺ラインの葛西浅草クルーズ遊覧船で海側から眺める東京湾 臨海部の景色
を楽しんだ。

水上バス[さくら]は乗客25人ほど乗せて葛西臨海公園を出港、大観覧車を後にして
荒川河口に出る。
Img_6459s

JR京葉線の荒川河口にかかる鉄橋の後に清掃工場の煙突、はるか後方にスカイツリー。
この橋梁は重量貨物列車が通過する事を想定した頑丈なデッキトラス構造、中央部
は船を通すために曲弦トラス。桁下25mと記されているこの橋梁は重厚で安定感が
ある。

若洲橋の下を潜り砂町南運河を抜けると南側に東京ゲートブリッジ。
Img_6485s

Img_6440s

出発地の葛西臨海公園の船着場から新木場側の出口が見えていて、望遠レンズで
思い切りズームしてみると橋を登り下りする自動車が蟻の隊列のようだったが真横か
ら見ると定規で描いた直線の組合せ、その形は短足の馬が鼻先を向かい合わせたよ
うな恰好。船舶が潜る橋桁中央部の高さを確保するために変形トラスを4つ組合せ、
不安定な感じもするが微妙なバランスで釣り合っている。
Img_6491s

ゲートブリッジ奥の東京港フェリーターミナルには 大型フェリー[しまんと]が停泊中
四国に帰るときには、この橋の下を通過して行くのだろう。
Img_6513s

フェリーターミナルの先はガントリークレーンがキリンのように首を上げたり下げ
たりしているコンテナヤード。
Img_6526s
青海コンテナふ頭で これ以上積めないくらいコンテナを満載した船が停泊している
のを眺めている内、レインボーブリッジを潜る。

レインボーブリッジは中央部の桁下52mの首都の玄関に相応しい優美な吊橋だが
クイーンエリザベス号は通過することは無かったとの説明。
Img_6548s

第三台場を横に見て お台場海浜公園に到着。ここから浅草へ行く乗客が多数 
乗込んで来た。

お台場を出航して間もなく、正面に破風の客室がある赤い船が接近、安宅丸という
観光らしいが船後部に帆をかけ唐の国への使節を運ぶようないでたちだ。
佃島を過ぎた先の永代橋と 清州橋は塗装工何かでシートが掛かっているのは残念。
朝日ビールの黄金モニュメントが見えて浅草に到着。

                            H30.11.8

Img_6551s


| | Comments (0) | TrackBack (0)

« October 2018 | Main | January 2019 »