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[家康 江戸を建てる] (門井 慶喜 著 祥伝社 刊)を読んで

 [家康 江戸を建てる]の第四話「石垣を積む」に江戸城の石垣普請の歴史に
ついて次のように記されている。

 天正十八年 秀吉より関八州に移封を命じられた家康がはじめて江戸に足を踏
み入れ、江戸城を見たとたん、まるで荒れ寺のようなお粗末さに驚く。
関ヶ原の戦いの三年後、征夷大将軍の宣下を受けた家康はまもなく江戸城の普請
に着手する。
城普請でもっとも手間と金がかかる石垣の総延長は内堀、外堀を合わせ約五里、
十万個をはるかに超える巨石を必要とした。
土佐藩山内家担当の北桔(ハネ)橋門の石垣の普請を任されたのが伊豆 堀川の石切
職人吾平。

困難を克服して完成したその石垣を吾平の目を通して描かれている。
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石積みが完了した。北桔橋門の左、Vの字の突出部。まるでヤスリで研いだよう
に吾平のほうへ尖った鼻先をつきつけている。その鼻筋は反りがある。最上部は
垂直に近く、最下部は水平に近く、その間が弓なりに曲線を描いている。
およそ石垣というものは上からの荷重に耐えられねばならず、特に角稜線はずっ
しりと櫓を乗せねばならない上、自然崩落のもっとも起きやすい位置にある。
弓なりの曲線にするほうが強度が確保できるのだ。
そこに使われる石は拍子木のような形をしているが、その巨大な拍子木石はまず
はVの字の右の稜線に沿って置かれ、その下の二番目は左の稜線にそって置か
れる。三番目は右、四番目は左。つまり石が互い違いに組み合わされつつ最底部
まで達しているのだ。
横から眺めると上から石の長辺、短辺、長辺、短辺・・・がかたち作る凹と凸の
字の繰り返しのような模様。歯車の歯ががっちり喰いこんでいるようにも見える
やもしれぬ。この算木積みこそが角稜線のもっとも自然崩落の起き易い部分の為
に最適化された力学上最強の建築法に他ならなかった。この石垣ならたとえ大雨
が三年降り続いたとしても、ビクともせぬ と吾平はそんなふうに確信した。
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この本を読んで現地を確かめたくなり、皇居平川橋から梅の開き始めた皇居東御
苑内を西に進み北桔橋門に出た。
門を出て目に入るのが水面から立ち上がる石垣の角稜線。
拍子木石が上から正面-側面-正面-側面-正面を見せ、武者返しの曲線を描き
ながら水面まで続いている。
拍子木石の後にぎっしり詰まった角石と相俟って緻密堅固な感じを受ける。
北桔橋の向う側にも水面を囲む石垣の低い角稜線があり同じように白い拍子木石
が嵌められているが、この北桔橋門のそれに比べると少々雑な感じを受けるのは
北桔橋側の石垣が完璧すぎるからだろうか。

                    H30.2.12

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