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曽呂利! 秀吉を手玉に取った男             [ 谷津 矢車 著、実業の日本社 刊]を読んで

 太閤秀吉 辞世の句
 「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢」

和歌の才能があったとは思えない秀吉の作にしては あまりにでき過ぎている、
それに露のように生れ落ちて、露のように消えてしまう自の身も、 そして
この世の栄華もすべて夢のまた夢でしかない、という無常観を、あの秀吉公が
口にするはずがない、石田三成はじめ居並ぶ諸大名は思った。

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この句は秀吉が詠んだのではなく、実は曽呂利新左衛門が創った と言う大胆
な仮説がクライマックスで展開される。

 自由都市 堺で刀の鞘を作る職人であった曽呂利新左衛門は戦国の混乱に巻き
込まれ鞘師の師匠の首つりに茫然とする。

乱世でしか生きられないと悟った曽呂利は生業を捨て、生まれつきの頓智の才を
生かし口舌の徒となり信長の後継者として天下統一を目指す秀吉のお伽衆として
傍に取り入る。

秀吉の身近に侍るようになった曽呂利は石川五右衛門を大阪城に忍びこませたり、
秀吉をそそのかし千利休、豊臣秀次を自害させるなど 世の中を混乱させるべく
自ら黒子となって陰謀を繰り出す。

秀吉が没し家康が関ヶ原の合戦を制すると今度は家康をそそのかす。
秀頼の方広寺の造営にあたり、その鐘に『国家安康』という言葉を刻ませ、秀頼
を追い詰めたかった徳川方に絶好の口実を与え、大坂城の秀頼を攻めさせ豊臣
家を滅ぼした。

しかしその後、乱世には戻らず、曽呂利は居場所を失い「ほなさいなら」と消え
て行った。

 国際社会の反対を押し切って核実験をしたり、ミサイルを打ち上げたりする
どこかの独裁国家の首領様にもひょっとすると側近に曽呂利のような面妖な人間
ついて世界に混乱を起こそうと唆しているのでは? と、この本を読んで感じた。

H28.2.19

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