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船橋、市川の貝塚巡りと長津川

 余程気をつけないと ここに駅がある事を見逃してしまうような東葉高速鉄道
の東海神駅から北に行き県道9号(船橋-松戸線)を渡り海神中の通りに出る。

イオンモール船橋と日本建鐵の工場があった更地をすぎると船橋市飛ノ台史跡
公園と博物館。
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飛ノ台貝塚は、海神中学校とその周辺(船橋市海神3・4丁目)に広がる縄文時代
早期(約7千年前)の遺跡です。遺跡は、標高12~15mの台地縁辺部に位置し、
南側の小さな谷に沿った東西600m、南北60~200mの範囲にひろがります。面積
はおよそ76,000m2です。
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高台になっている飛ノ台史跡公園で発掘された住居跡、炉穴、積み重なった貝殻
など見てから博物館に入る。
館内には遺跡から出土した縄文人の暮らしの道具や埋葬品が展示されている。

[不思議な穴]として紹介されているのが炉穴
炉穴は地面に低い段を作りその壁面に薪をくべる穴を穿ち上方に細い炎の抜け穴
を設けたもので、そこに魚や貝を置いて調理したらしい。ヘッツイさんの元祖み
たいなもの。当時の人は良く考えたものだ。

貝塚には ハイガイ(赤貝)、ハマグリ、オキシジミ、アサリ、マガキなど 多様
なものがどっさり積み重なっていて、縄文当時はこの波打ち際だった所に大勢暮
らしていたようだ。

[謎めいた男女の死]として紹介されているのが 男女が向かい合って埋葬された
跡の模型。年齢的には壮年の二人の間に何か親密な関係か不倫な関係があったの
では?と想像を掻きたてられる。

 県道9号(船橋-松戸線)を北上し行田東小の横からカーブした道を進み 山手
3丁目から行田公園に入る。
扇形に広がる公園の要の位置に楠の築山があり石垣の一面に[船橋無線塔記念碑]
のプレートが嵌めてある。
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ここ下総台地の一角にかって無線塔が聳えていた。

昭和十六年には長短波用の大アンテナ群が完成し、太平洋戦争の開幕を告げる
「ニイタカヤマノボレ1208」の電波もここから出た。
船橋のシンボルとして市民に親しまれていたが、昭和四十六年(1971)五月解体
され栄光の歴史を閉じた。
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公園を横断し武蔵野線に沿って北に向かい上山公園を過ぎ木下街道を渡ると船橋
法典駅。

ここから市川市に入り法典の湯の先の落ち葉に埋もれた階段を上がると姥山貝塚
に出る。
東屋のある芝生公園のような広場にA~Lなどの発掘跡のを示す地点番号が表示
されている。

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国指定史跡 姥山貝塚

姥山貝塚は、下総台地の西端、大柏川の流れる大柏谷から、東方に向かって入り
こむ樹枝状谷の一つ、向根支谷の北側に位置し、標高23~25m。
この貝塚は中央部が窪み、南を除く周囲が土手状に高まった地形をしています。
貝層は、この土手の高まりにあり、C字形をしているので、馬蹄形貝塚と呼ばれ
ています。貝層の規模は、外径が東西130m、南北120m。

この貝塚が注目されることは、日本ではじめて、縄文時代の家が炉と柱をもつ竪
穴住居であることがわかったことです。
また、1軒の竪穴住居の床に5体の人骨が発見され人員構成や家族の問題を考え
るうえで、重要な資料となりました。
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広場では裸の榎をバックにして親子連れがドローンを飛ばして遊んでいる。
蚊の羽音のような音を立てて上がり下がりする四枚羽の飛行物体に、古墳に眠る
縄文人も驚いてしていることだろう。

姥山貝塚を下りて木下街道にでる。
木下街道の千葉レインボーバス貝塚道バス停近くにある、藤原神社、藤原観音堂
に寄ってみる。
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観音堂には「身代わり観音」と呼ばれる鎌倉時代製作と推定される木造観世音菩
薩立像が祀られている。との事だが覗き窓からは真っ暗で何も見えない。

貝塚道バス停 鈴木酒店のカドから南へ下ると船橋啓明高に出る、こから溝のよ
うな長津川が始まる。
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横の高台の上に小さな鳥居と祠がある。この辺りは昔 馬の通行難所でその守り
神として駒形稲荷が設けられたとのこと。

高台から水路に平行に住宅地を下り南公園の先で東武野田線の下を潜り船橋ビレ
ジの横から長津川親水公園に出る。
公園の周りの遊歩道には散歩を楽しむ人が集まっている。
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調節池の南から長津川に沿った遊歩道を下る。
護岸はシートパイルで覆われて風情に欠けるが歩道にはインターロッキングブロ
ックが敷き詰められ、スッキリした防護柵が続き、流れに沿って植栽が整備され
ている。
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左岸側は夏見の台地で緑地や住宅が押し寄せていて、長津川は台地の裾に沿って
流れているのが分かる。

船橋総合病院の先で別の流れが合流し遊歩道は夏見3丁目で終わり長津川は市場
通りで暗渠に潜ってから滝不動方面から来た海老川に合流し船橋港に注ぐ

                         H28.1.31
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