登米市登米町を訪ねて
かって北上川舟運で栄えた宮城県の北端に位置する登米市を訪ねました。
北上川が巾着のように蛇行する北上川親水公園方面から県道202を南下し
登米大橋を渡ると登米町の中心に入り往時の町の繁栄を伝えるような海老喜醤油
の玄昌石で作ったウロコ形の瓦を葺いた建物が見えます。

「とよま観光物産センター(遠山の里)」で小休止後、掘割と長い白塀の屋敷、大きな
門構えの医院などが並ぶ武家屋敷通りを歩き、水沢県庁記念館、警察資料館などを
見学した後、教育資料館に行きました。

教育資料館は元々 登米(トヨマ)高等尋常小学校の建物で明治21年に建てられ
昭和48年まで使用されていたもので コの字形に配置された木造二階建て校舎の
中央にバルコニーが設けられた瀟洒な作りになっています。
校庭に面した廊下が開放構造なので教室内は明るく、入ると小さな二人並びの
机と脚が短い椅子がずらりと並んでいます。
暫くすると、ここの館長さんが山高帽にカイゼル鬚の昔の校長先生に扮して登場
され挨拶が済んでから、昭和40年当時の学校給食を頂く事になりました。
私は偶々一番前に座っていたので級長に指名され「規律、礼、着席」の号令の後
「これから給食を頂きます」と言う羽目になりました。

教室に入った一同(22名)が給食を食べ始めると
「三百余年 古の 郷土の歴史 物語る・・・」と登米小学校の校歌が流れてき
ました。
[当日の給食メニュー]
コッペパン ジャム 鯨の竜田揚 カレーシチュー、ミルク フレンチサラダ
私が食べていた昭和20年代の後半の給食はキメの荒いイースト菌の酸っぱさが
残る靴のような形をしたパンと甘ったるい脱脂粉乳でしたが、この給食メニュー
はパンは柔らかく、牛乳は瓶入り森永牛乳でコーヒー粉末付、シチュー、サラダ
も美味しく頂けました。
鯨の竜田揚げも懐かしい味でしたがハムのように薄いのに今の時代を感じました。
食事中、館長さんより町の歴史や町の呼び名の由来(登米市はトメシ、登米町は
トヨママチと発音する)など説明がありました。
最後に出席者全員で唱歌[ふるさと]をオルガン演奏で歌って給食を終えましたが
「兎追いしあの山・・・」と歌っていると何故か涙が出そうになりました。












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