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三次元CAD(アリブレデザイン)の勉強

今まで図面作成は専らAutoCADにて二次元図面を描いていましたが、今後の
展開を考え三次元CADの勉強を始めました。

使用するソフトは
株式会社スリー・ディー・エスから発売している[AlibreDesign]、
価格は20万円以下で、20年程前にローコスト3次元CADと銘打って発売されて
いた物が4000万円もした事を思えば夢のようです。

ソフトはインストールしたものの説明書もなく、解説書も市販にないので発売元
から出ているトレーニングキット(\9,800)を取寄せて勉強を始めました。
トレーニングキットには、電気スタンド、コーヒーサイフォン、カッター、の作成
手順を解説したテキストとDVDが入っていました。

早速テキストを見ながら電気スタンド部品図面の作成に取り掛かってみました。
やりはじめて分かった事は

図面を描くスタートは[2Dスケッチをアクティブにする]というコマンドから始め
ますが、その際 先ずスケッチ平面としてXY、YZ、ZXの3面の内いずれかを
指定する必要があります。

今まで使っているニ次元のCADではどのような図形でもXY平面を使い第三角法
などで平面図、立面図、側面図に別けて表現するのが当たり前のように考えていま
したが、本来はこの三次元CADの表現方法の方が道理にかなった素直な表現であ
る事に気がつきました。

基本的な作図に関し、円形や長方形の作図では普通は直径や縦横寸法を指定して
図形を作るのが当たり前の方法だと思っていましたが、このアリブレデザインの
作図方法では、先ず適当な大きさの円や長方形を適当な位置に描く、次にその寸法
を表示させてから、必要とする寸法に修正して最終形状を作ると言うやり方。

これには違和感を感じましたが、旅行に行くのに目的地に向かってまっしぐらに
進むのでなく、先ず適当な方向に向かって進み適当なところで今いる位置を確か
めて方向転換して目的地に向かうような感じがして、こんなやりかたもあるのか
と納得しました。

その他、二次元で描いた図形を立体にするための[押し出し]コマンド、別個に作成
した部品同士を合わせる[拘束]コマンド、など盛りだくさんの機能があり勉強を
進めるのが楽しみなCADです。


                        H20.10.31
テキストを見ながら作った図形
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新京成くぬぎ山 電車基地見学

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孫(5才)をつれて新京成電車くぬぎ山電車基地見学に出かけました。

くぬぎ山駅から車両基地まで15分ほど歩き蕪畑を過ぎた所が入口で、[電車基地
見学・展示会]の横幕が掲げられています。

工場に入ると踏切警報機、信号、パンタグラフ、ドア装置の開閉装置などがあり
踏切や信号は押しボタンで操作できるようになっています。
 
点検工場では8800形の編成が留置され脇に点検作業の進行状態を表示する行灯が
設置され
 ①高圧供給  ②回転機  ③空・制・配  ④制御器  ⑤起動試験  
 ⑥戸閉機   ⑦漏気試験 ⑧総合試験
の各々について[作業中]、[終了]が表示されるようになっています。

横には走行台車があり下のピットに潜り込んで点検できるようになっています、
又、防音車輪(波打車輪)も展示され、リンク付、リンクなしと示されていましたが、
何処が違うのか、又 波打形状にすると何故防音になるのか係りの人に聞いて
みたかったのですが、孫を連れていては儘なりません。
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その先が塗装工場、壁に排気塗料吸着フィルターが張り巡らされ太い集塵フードが
5本林立しています。

補修工場では習志野の狸の異名を持つ8000形のVVVF化工事の内容説明掲示板が
あり
「8000形は新京成で初めて設計を手がけた車輌で昭和53年から60年にかけて
 6両編成9本製造されその内、昭和56年以降の製造車輌についてインバーター
 制御改造を行った」との事で、
 ・界磁チョッパ制御 → VVVF制御化
 ・直流複巻電動機  → 交流全閉誘導電動機への変更を行い38%の省エネを
達成したと記されています。
外観上の変化は床下の放熱空間が目立つ抵抗器が箱状のVVVF装置に変わってい
るので区別がつきます。

補修工場と塗装工場の間の屋外にはシート屋根を付けた大倉製40tトラバーサーが
設置されていましたが、実際に電車がこれに載って横移動しているところを見てみ
たいものです。
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その他、Nゲージレイアウト、人載せトレーラーを引く電車のエンドレス、運転
シミュレーターなどがあり子供やマニアを楽しませてくれます。

工場内の即売会では使わなくなったアクリル製の路線図や駅構内表示板等が売られ
ていて、好きな人は嵩張るのも厭わず買っていました。

見学を終え、駅へ引返す道の途中に堤防のようなものが併行し「野馬除土手」と
表示されています。
説明には
「江戸時代、小金牧の放牧馬の逃亡を防いだり、農民が田畑を荒らされるのを防ぐた
 めに築いたもので総延長は150kmあった」と書かれています。

土手に上がってみると一面の梨畑の先に新京成がカーブして走るのが見えました。

家に帰ってから会場で貰った8800ペーパークラフトを組立ててやると、孫はそれを
オモチャにして結構楽しんでいました。


                   H20.10.25  
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秋の大栗川散策

京王線 中河原駅から鎌倉街道を南下すると多摩川の手前、中河原公園に
[旧鎌倉街道中河原渡し]の説明板があり

「江戸時代多摩川は現在よりも北側の立川段丘崖線の下、現在の市川用水
 のあたりを 流れていた、現在の多摩川流域は浅川でこの二つの川の間に
 あることから中河原の 名が起こった。

 昭和12年に関戸橋ができるまでは渡船場があり、冬の渇水期には仮橋が
 設けられ ていた。」

と記されています。

多摩川に架かる関戸橋に出ると、上流に京王線鉄橋、左岸にキューピー、NECの
白亜の建物が秋天に映えています。

関戸橋は新、旧二つの橋が架かっていて、フラットな梁が続く上流側の新橋に対し
下流の旧橋の方は浅いアーチ形の梁が規則正しく連なり欄干の凹みがアクセントと
なって程よいリズムを感じます。
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関戸橋を多摩市側に渡り、右岸の川原に下り暫く行くと大栗(オオグリ)川の合流点に
なります、川沿いの掲示板に大栗川に住む魚
[オイカワ、ギンブナ、コイ、モツゴ、タモロコ、ヨシノボリ、ドジョウ]などが描
かれています。

近くに野鳥観察小屋があり、そこで観察できる鳥として
[ユリカモメ、カイツブリ、オナガガモ、コガモ、カルガモ、カワセミ、ダイサギ、
 コサギ、セキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、コアジサシ、ホオジロ、
 ツバメ、イワツバメ、カワヒラ、セッカ、ジョウビタキ、カシラタカ、ツグミ、
 キジバト、 オオヨシキリ、ムクドリ]
などが紹介されています。

合流部を見渡す最先端には望遠鏡付カメラをセットしシャッターチャンスを狙って
いる人達が5~6人陣取っていました。

ここから大栗川に沿って源流方面に遡る形で歩き始めます。
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川崎街道を過ぎる乞田川との分岐点となり川には大きな鯉が泳ぎ石の上には亀と鴨
が置物のように並んでいます、川原に下りた小母さんがパン千を切ってを鯉にやって
いました。

新大栗橋で鎌倉街道を横切り、行く手に聖蹟桜ヶ丘のマンションや商業ビルを眺め
ながら進む内、こんもりした崖の木立がが迫ってきて霞ヶ関橋の右岸側に、いろは
坂という急坂が控えています。
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宝蔵寺橋で野猿街道と交わり、以後流れはこれに沿うようになります。

野猿街道を少し行ったところに青い屋根の建物に増田抜型の看板が見えます
[抜型]とは何だろうと思いながら通り過ぎましたが、気になって後で調べたところ

[ケーキ作りの際、練った小麦粉を型抜きする原理で、色々な箱容器を組立てる前
 の紙や樹脂板に折り目を付けたり切り抜いたりする] との事でした。

新堂橋の先の並木公園では落ち葉の大地ににブランコが大きく揺れ、水彩画の
モチーフにしたいような光景です。
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横倉橋に来ると 前方に多摩モノレールが見え多摩センター方面から下って来た
車輌が音も無く帝京大学駅に吸い込まれて行きました。
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洗馬川橋(セバカワバシ)から洗馬川緑道が始まりまり、小さなモニュメントが並び所々
石のベンチが設けられて休憩には丁度良いロケーションです、行く先々に小学生の
描いた[ポイステ防止]のポスターが柵に掛けてあり、緑道を大切に管理いる事がわ
かります。
 
峰ヶ谷戸橋、大栗川橋を過ぎると大田川との分岐点となり、付近は大栗川公園と
なっています。

ここで大栗川と分かれ大田川に沿った由木緑道を進みますが、暫くすると南大沢
日向公園で緑道は終わり、流れも大田橋の先で暗渠になり姿を消してしまいまし
た。 

多摩ニュータウン通りに出て、右手にMITUI OUTLET PARKの洒落た店舗群を眺めな
がらイチョウ並木の坂を上がり京王相模原線南大沢駅に到着しました。
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                          H20.10.18

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真間川(二俣新町~国府台)

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3年前の10月下旬、JR京葉線二俣新町駅近くの真間川水門から真間川沿いの道
を流れを遡って歩きました。

満々と水を湛えた河口の風情も湾岸道路を過ぎると普通の川の様子になり、京葉道
路、東西線をすぎるとその先に総武線を見ながら進みます。
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本八幡コルトンプラザ ダイエーの横を通り総武線の下を潜ってから流れはS字
カーブで曲がり、国道14号(千葉街道)に出て、桜のすかし模様の入った欄干の
橋から遊歩道が始まります。

京成線 鬼越を過ぎ狭くなった川幅沿って、桜並木が続き次々に現れる橋の欄干に
趣向が凝らされています。
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浅間橋で 大柏川と合流した後、富貴島橋を過ぎると更に細い流れになり昭和学院
のあたりで優雅な遊歩道も終わり、菅野終末処理場で 国分川(春木川)が合流して
菅野に入ると 又 川幅が広くなり 街中の平凡な川の表情となります。

その先の真間では当地ゆかりの 中野孝次、宗左近などの文士 詩人や万葉集ゆか
りの真間手児奈(ままのてこな)が表示板で紹介されています。

手児奈橋の説明板には
「葛飾の真間の入り江にうちなびく 玉藻刈りけむ手児名し思ほゆ」の歌が記され
ていました。
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やがて高台に聳える和洋女子大の建物が見え江戸川との分岐の水門に到達し江戸川
の堤防に上がると 下流側に国府台の駅が見えました。

                       H20.10.11

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野火止用水(八坂 → 新座)

七年前の秋半ば、西武多摩湖線八坂から野火止用水に沿ってJR武蔵野線 新座
まで歩きました。

八坂から野火止用水(伊豆殿堀)と記された鯉の泳ぐ細い流れに沿い北東に進みま
す。
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すぐに西武新宿線の久米川の踏切を渡り、流れは暫く地下に潜り上はレンガ敷の
快適な緑道です。 緑道が新青梅街道を越したあたりから再び水面が現れます。

流れの途中に恩多の水車というのがあり、それをモチーフにに写生していている人
がいました。

野火止用水に沿った緑道はやがて脇に押しやられ野火止通りとなり、小金井街道を
渡り西武池袋線の踏切りを通過すると水道通りという車が多い道になります。

一筋で流れてきた野火止用水は やがて分岐し 左側が本流、右側が平林寺堀とな
ります。
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案内板には野火止用水は曾て末端部では四筋に分かれて この辺りの田畑を潤して
いたと書いてありました。

平林寺堀に沿って進んでいくと隅屋敷橋がありここで平林寺堀の流れは天井川と
なって関越自動車道を越して行きます。

この野火止用水は小さな流れにも拘らず流速があり滞る事なく流れいて、地形の高
低差を上手く考えて流すルートを決めてあり設計施工した先人の苦心が偲ばれます。
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橋を渡って暫く行くと流れは高台の方に回っていきます、途中に畑があり無人の
野菜販売所ではダイコン、里芋、ネギなど手軽な畑の百円ショップです。

畑に沿った道が終わると平林寺の敷地に出ます、流れは暗渠となってその中に
入っています。

平林寺の総門で拝観料を払うと「平常心是道」と書いた短冊をくれます、中国の
名僧 南泉禅師 の言葉 と書いてあります。

境内には堂々たる茅葺きの門が聳え 木々の中に野火止用水から導かれる水を溜め
た池、裏は墓所で松平伊豆守や野火止用水を作った人物の石碑が建っています。

寺を出て新座市役所の角を左に取り寺の敷地に沿って暫く行くと野火止用水の山下
橋になります。

流れ方向に暫く緑道が続きやがて国道254号(川越街道)と交差したのち流れは
どこかに消えてしまいました。
野火止用水は本来 玉川上水と新河岸川を結んでいたそうですが平林寺から先は
必要なくなったのでしょうか。

更に進み県道を左に行くとJR武蔵野線の高架が現れ、やがて新座駅に着きました。

                      H20.10.3


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